醒めない夢

思い出の鍵を開けて 01

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囁きシリーズ第6弾。約二年の遠恋を経て、同棲を始めた真聡と恵。 あることをきっかけに紐解かれる、恵が抱える心の傷の正体は……?全18話。...

思い出の鍵を開けて 02

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 際どい独り言を聞かれたと思った真聡は、大げさではなく、本気で飛び跳ねんばかりに驚いた。 「な、なんだよっ! いきなり開けんじゃねえよ!」「なによ。反抗期の中学生みたいな口きいて」  ドアの向こうに憮然とした表情で立っていたのは真聡の母親だった。  真聡が帰宅時無人だったが、気付かないうちに外出から戻ってきたようだ。 「帰ってくるなら言えばいいのに」 「いちいち言うかよ。忘れ物取りに来ただけだし」  ...

思い出の鍵を開けて 03

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 喉の奥まで出かかっているそれを真聡はぐっと飲み込んだ。 「以前うちに来られた時も、あんたのこと見守るような温かい眼差しで眺めていらしたもの。見た目を裏切らない本当に優しい方なのねえ」  母親の意外な洞察力に真聡はドキッとした。だがまさか真聡と恵が恋人同士であるという考えまでは及ばないようだ。だが当然といえば当然だ。親しくしている元同僚という関係が世間的にはしっくりくる。 「雪野さん、素敵だったわあ...

思い出の鍵を開けて 04

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 待ち合わせ場所は恵の勤め先に近い北青山のカフェレストラン。会社を出てすぐタクシーに乗車して約二十分、到着したのは午後八時過ぎだった。  春まだ遠く冷え込む夜。それでもテラス席に意地になって座る客を横目に見ながら真聡は店内に足を踏み入れた。入り口から一番遠い窓際に座る勝頼をすぐに見つけた。店員が近付いてきてくれたが、それを手で制して真聡は勝頼に近付いた。  勝頼に会うのは二度目。あの時も思ったが勝頼...

思い出の鍵を開けて 05

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 勝頼と会って数日後。休日の午後はあいにくの雨。春は近づいてきたもののかなり冷え込んでいる。こんな日は温かい室内で恋人とぬくぬくと過ごすに限るのだ。 「はあ……どの真聡も可愛いな……」  うっとりと呟くのは真聡の愛してやまない年上の恋人、恵だ。  部屋はエアコンで適温をキープしているが、寒がりの恵は厚手フリースのルームウェアを着込んでいた。白のもこもこした風合いがよく似合っている。一方暑がりの真聡は黒の...

思い出の鍵を開けて 06

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 わざと軽く言ってみたのだが効果はなく、恵は卒アルを本棚に戻すと真聡を避けるようにキッチンに引きこもってしまった。しばらくするとキッチンからコーヒーの良い香りが漂ってきた。時間稼ぎでコーヒーをいれだしたのか。そんな苦し紛れの幼い行動を取る恵が真聡には愛しくてたまらない。  恵の故郷を離れる以前の過去に対する拒絶は凄まじい。ここまで直接的にしつこく聞くことは初めてだが、この後どう話を展開したらいいの...

思い出の鍵を開けて 07

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 恵の故郷。それは標高の高い山々と広大な湖を観光名所に誇る、東北のとある地方都市だ。  雪国ゆえに冬の積雪は深い。一年に一回来るか来ないかの観光客には一面の銀世界は興味深いだろうが、そこで生活する者にはありがたくもあり厄介でもある。降らなければスキーなどの観光に響くが、振りすぎると交通機関、物流が立ち行かなくなることもままある。だが生まれた時からこの街に暮らす恵にとっては雪はあって当たり前の存在だ...

思い出の鍵を開けて 08

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 午前七時。バスは学校校門前に停車した。降りる生徒は恵ただ一人。  白い息を吐きながら恵が足早に向かったのは、教室でも剣道部部室でもなく美術準備室だった。  恵は扉の前に立つと、高鳴る鼓動を抑えるようにひとつ深く息を吐いた。軽く扉をノックすると「はい」という返事。恵は音を立てないように気をつけながら、扉を静かに開けた。  途端に暖かい空気がほんわりと外に流れてきた。肌を突き刺すような廊下の寒さが、嘘...

思い出の鍵を開けて 09

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 恵と美術教師の出会いは、去年に遡る。  恵、高校一年生の春。  校内から見える景色を写生する、という初めての美術の授業。生徒らは友人とつるみ、休み時間の如く騒ぎながら、あちこちに散らばっていった。恵は友人とは別行動で、一人ふらふらとまだ不慣れな校内を歩き回いているうちに、裏庭にたどり着いてしまった。そこに、誰からも忘れられたような、小さな花壇を見つけた。名前は分からないが、春の花が綺麗に整然と咲き...

思い出の鍵を開けて 10

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 その日の部活終了後、皆が校門に向かう中、恵はその流れに逆らうように、校舎の方向に戻った。 二階にある美術準備室を、中庭から見上げてみる。まだ明かりが灯っている。美術部員がいるかもしれない。しかしそれは、その時の恵には、どうでもよいことだった。 校舎に足を踏み入れ、階段を駆け上る。廊下を小走りに進み、一番奥手に位置する美術準備室に近付いていく。人の気配は感じない。もう部員は下校したのだろうか。 恵...