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醒めない夢

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インビジブル 16

 店を出て、強い視線にすぐに気付いた。
 聖人の恋人、浜田伊織が少し離れたところからこちらを睨んでいた。
 彼に背を向けている聖人は、恋人の苦々しい表情に気付いていない。
 彼は嫉妬と遠慮が混じった、気の毒なほど切ない様子だった。
 和也は強烈なシンパシーを彼に感じた。
 聖人に魅入られた男は、常に不安を感じずにはいられなくなる。
 互いに愛し合っているはずなのに、聖人は、気まぐれにふいっといなくなってしまいそうなのだ。
 しかしそれは彼を愛してしまった者の、受け入れなければならない宿命であり、背負っていくべき覚悟だ。

「少し彼と話をさせてくれないか」

 聖人の回答を待たずに、和也は伊織に近付いた。
 彼と間近に対面するのはこれが二度目だ。
 聖人の勤める喫茶店で鉢合わせしたのが初対面だった。
 あの時も思ったけれど、目の前にいる彼はとても見目の良い男だ。
 派手で女性にモテそうだけれども、扶養者がいるためか、責任感のある頼もしい面構えだ。

「やあ、ひさしぶりだね」

 和也は鷹揚に話しかけた。
 伊織は憮然と「どうも」とだけ答えた。

「せっかくのクリスマスイブに、申し訳ない」
「あいつがどうしてもあんたに会ってさよならしたいっていうからな。仕方がねえよ」

 和也は聖人に相当甘い。
 しかし伊織も恋人の我儘には弱いようだ。
 元カレに会いたいという願いを叶えるなんて、お人好しにも程がある。

「あんた、東京に行くんだってな」
「傷心を癒やすために環境を変えたくてね」
「はっ、あんたがそんな殊勝なタマかよ。どうせ聖人のこと、まだ諦めたわけじゃねえんだろ」

 彼は和也の気持ちを見抜いていた。
 しかしそれを認めるつもりはなかった。

「聖人とはきちんと別れたよ。安心して聖人と付き合ってくれてかまわない」
「なんであんたにいちいち許可もらわなきゃなんねえんだよ。まだ聖人の保護者ヅラする気か?」
「彼は俺じゃなくて君を選んだ。君はもっと堂々としてもいいんじゃないか?」
「てめえ……」

 未だ聖人の気持ちを信じきれていないのか。
 図星をさされた様子で、伊織は乱暴な口調で詰め寄ろうとした。
 聖人に心配そうに見られているのを意識して、彼はぐっとそれを堪えていた。

「あの子を大事にしてやってくれ。本当は俺がそうしてやりたかったんだがね」

 この言葉は和也の本音だ。
 ずっと聖人の側にいたかった。
 しかしそれはもう叶わない。

「あんたに言われるまでもねえし。あいつは俺がずっと大事にする。中坊んときからあいつだけを好きだったんだ。未練たらしく奪いにきても絶対にやらねえから。いいな」

 彼は宣戦布告のような、頼もしい答えをくれた。
 聖人の幸せは彼に託しておけば大丈夫だ。

「そろそろ失礼するよ。最後にもう少しだけ彼を貸してくれ」

 当然返事をしない伊織を相手にしないで、和也は聖人の元に戻った。

「あ、あの、一体何を……?」

 聖人はいろいろと聞きたそうではあるが「まあ、いろいろとね」と和也はごまかした。
 伊織が会話の内容を告げるかもしれないけれど支障はない。 
 それに彼は聖人に何も話さないだろうと確信があった。

「すまないが搭乗時刻までもう時間がないんだ。聖人」

 和也はしんみりした別れの挨拶をかわすつもりはなかった。
 あっさりと差し出した和也の手に、おずおずと聖人が触れた。
 その滑らかな手触りと温もりに、彼を引き寄せて抱きしめたい衝動に再び襲われる。
 それを堪えて、すぐに手を離した。
 これ以上握っていたら、きっと彼を攫ってしまう。

「それじゃあ、元気で」

 あえて、さよなら、と言わなかった。
 聖人からもその言葉を聞きたくなくて、すぐに踵を返した。
 彼のか細い声が背後から聞こえた気がした。
 だが和也は未練たらしく後ろを振り返ることは、なかった。


次、最終話です。



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