溺愛しすぎるデスティニー 1-1

麻斗結椛

第1話 春海と智秋



 小学校からの帰り道、浅香智秋(あさかちあき)の足取りはいつもゆっくりだが、この日はいつになくのろくて、視線の先には、鈍い灰色のアスファルトしか見えていない。
 小学一年生の智秋は、いつも五つ年上、六年生の兄、春海(はるみ)と登下校する。
 智秋は甘えん坊で、春海と手を繋いでいても、兄が幼い弟の遅すぎる歩調を合わせていることに気づかないし、兄は文句の一つも言わない。
 本当に仲の良い兄弟だった。

「智秋、ずっと下むいて、どうしたの? 本当はお腹が痛いんじゃないの?」

 何度も智秋を気遣う言葉をくれる春海に、ようやく智秋は首をぷるぷると振って、涙目で兄を見つめる。
 そして、ポケットからくちゃくちゃになった紙を、春海に「これ……」とおずおずと差し出した。
 受け取った春海は、丁寧にほぐして内容を確認すると「算数のテストだ」とつぶやいた。

「兄ちゃんといっしょに、あんなに勉強したのに、百点じゃなかったの」
「智秋……」
「兄ちゃん。ぼく、母さんに、どんどん、きらわれちゃう」
「智秋、泣かないで」

 春海が智秋の頭を優しく撫でる。
 智秋の髪は赤茶のくせ毛。どんなに櫛をとおしても、ぽわんと膨らんでしまう。だが春海は「智秋の髪はふわふわして気持ちがいい」と触ってくれるのが、智秋はうれしい。
 でも本当は、春海のゆるやかにウェーブした薄茶の髪が羨ましい。
 顔立ちも、涼やかな美形の春海に対して、智秋は特徴のない地味な造形だ。
 唯一似ているのは色白なところだが、シミひとつない春海と違って、智秋はそばかすだらけ。
 おまけに春海は細身ですらりと背が高く、王子さまみたいだと女子からの人気が高い。

 春海は腰を落として、智秋と目線を合わせてくれる。
 愛おしげに見つめられて、ますます智秋は悲しくなってしまう。
 どうして、同じ兄弟なのに、こんなに見た目と出来栄えが、違うのだろうか。

「智秋はがんばったよ」
「でも、百点じゃないもん」
「だけど、前より点数あがってる」
「そうだけど……」

 確かに悪いなりに前回よりは点数はあがった。だがまだまだ満点への道のりは遠い。

「一気に百点にならなくても、少しずつ上げていけばいいんだ。また僕と一緒に勉強しよ? ね?」
「うん……」

 春海がいてくれてよかったと思う。
 もし優しい兄がいなければ、すでに母親に見捨てられている智秋は、辛くて生きていけなかっただろう。

 夕焼けに伸びる影を踏みながら、二人は帰宅した。

 智秋はおそるおそる算数のプリントを母親に渡すと、母親は点数を一瞥した後「あんたってほんと頭悪いのねえ」と心底呆れた調子で呟くと、プリントをぽいと床に投げ捨てた。

「母さん!」
 
 かさりと足元にテスト用紙が智秋の足元に落ちて、春海が隣で泣きそうな声で叫んでいるのが、聞こえた。

「母さん、ひどい! 前より点数あがってるんだよ? 智秋、一生懸命勉強したんだから、少しは褒めてくれたっていいじゃないか!」
「勉強してこれくらいならするだけ無駄よ。それより、春海、塾の全国模試の結果はどうだったの?」
「母さん……」

 春海がしぶしぶ試験結果が印刷された用紙を母親に渡すと、智秋の時とは打って変わって上機嫌に眺めている。

「春海は智秋とちがってやっぱり頭がいいのよねえ。あんたの父親はアルファの中でも最上級に見た目も頭もいい人だったから、しっかり受け継いでくれて、ほんと良かった。あんたがオメガじゃなくて、アルファで生まれてくれたら、あたしもあの人と結婚出来て、一生お金に困らなかったんだけどねえ」




 人間は、男女という種別以外に、アルファ、ベータ、オメガという三種の性を持つ。そして男女ともに出産可能だ。
 アルファは容貌、能力ともに優れており、必然的に支配層を構成する。全人口の二割とマイノリティーであるが、イコール富裕層でもある。
 ベータは全人口の七割を占めるマジョリティーで、凡庸な種だ。アルファの支配下に置かれていて、思想的に一番保守的な層でもあった。同性愛はもちろんのこと、男性の妊娠、出産は古めかしい倫理的観点からタブー視されている。
 そしてオメガ。この種は全人口の一割にも満たない。弱肉強食の世界では負け組に属する種で、容貌、能力ともに貧弱で、アルファの差別対象でもある。

 オメガがアルファの性のはけ口と揶揄されていることが、原因だった。

 アルファ同士での性交渉、婚姻が優生学的に望ましいと思われているが、皮肉にもアルファ同士での妊娠率、出生率かなり低くく、優等な種の保存が難しい。
 一方、オメガは妊娠しやすい体質で、なおかつ、アルファ妊娠率が高いという特性があった。
 数字的マイノリティーである彼らは、種の保存と繁栄のために互いに進化した。
 オメガは発情期という期間に、アルファを誘う性フェロモンを発生する。それを嗅いだアルファはヒートという異常な性的興奮状態に入り、相手が恋人であろうがなかろうが、オメガと無理やり性交する。オメガも過度の性的興奮のため、望まない性交渉を阻止出来ず、婚外子が多い原因でもあった。
 そしてもう一つ。生物学的にも謎の多い仕組み、番(つがい)がある。
 アルファがオメガの首筋に噛み付くによって、噛みつかれたオメガは噛み付いたアルファ以外との性交渉が不可能になり、その後の発情期のおいて、番以外のアルファは性フェロモンに反応しなくなるのだ。
 一生添い遂げる相手ならともかく、そうでない相手に噛まれたオメガのその後の不幸は、想像に余りある。
 番という呪縛に囚われた人生を送るオメガが多く、社会問題になり、望まない番を生まないために、発情期を迎えたオメガは首輪と呼ばれる噛みつき防止プロテクターで首元を保護するようになった。だがその屈辱的な見た目が、ますますオメガの立場を低くしている。



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Posted by麻斗結椛

Comments 1

There are no comments yet.
ゆめこ  
こんばんは、お久しぶりです。ゆめこです(PNころころ変わってすいません💦今は水ノ緒と申します)

麻斗さん、お元気しておりましたか?新しい小説、楽しみにしております。アルファとかベータとかオメガとか、詳しい設定でわくわくしてしまいました!アルファとオメガってえろい関係ですねえ(*´ω`*)ではでは。
智秋くん、素直そうなところがとてもかわいいです(*^▽^*)

2017/09/19 (Tue) 19:54 | EDIT | REPLY |   

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