溺愛しすぎるデスティニー 1-2

麻斗結椛

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 二人の母親、浅香鞠衣(まりい)はオメガだ。
 鞠衣は十八歳の時、春海の父親であるアルファと出会い、恋愛の末、結ばれた。相手は大企業の御曹司。すぐに春海を授かったが、二人は結婚には至らなかったのは、生まれたのがオメガ種の赤ん坊だったからで、それが春海だ。
 智秋と春海は異父兄弟だ。
 智秋の父親もアルファだが、既婚者のため結婚できなかった。そして鞠衣は相手に噛みつかれて望まない番にされたことで、余計に智秋を疎んでいる。
 オメガ種保護のため、堕胎は法律で禁止されていて、その代わりオメガ種を出産すると、その子どもが成人するまで国から高額な手当が支給されるのが救済策となっていた。

「春海がいつかアルファのお金持ちに見初められますように」

 鞠衣にまったく悪意はなく、子どもは自分が楽して幸せに生きるためのツールだ。ゆえに出来のいい春海に期待をし、反対に不出来な智秋には関心すら抱かない。

 智秋は自室に戻った。
 六畳の和室。そこには二段ベッドと勉強机が一つあるだけ。智秋の机はない。買ってもらえなかった。小さなローテーブルを使う。だが優しい春海は勉強机を決して使わず、ローテーブルに向かい合って、いつも一緒に勉強をする。

 智秋はベッドのはしごを登り、うつぶせに寝転がった。 
 涙がじわりと溢れて、泣き声とともに枕に吸い込まれていく。

 どんなに頑張っても、母は認めてくれない。
 彼女は、春海がいればいいのだ。
 春海には敵わない。
 春海が羨ましい。
 だが一方で春海が大変な思いを抱いていることを、智秋はちゃんと理解していた。
 母親の自分勝手な期待に逆らわないのは、彼女の性格や行動に問題があっても、育児放棄しないからで、敏い春海は、母親の苦労を分かっているから、決して逆らわない。
 悪者で邪魔なのは、智秋だ。
 母に顧みられず、兄一人に苦労を強いている。

(兄ちゃんみたいに、きれいで、かしこく生まれたかったな……)
 
 泣きながら、いつの間にか智秋は眠っていた。

「智秋、智秋」

 優しく肩をゆさぶる振動に、智秋は目が覚めた。

「兄ちゃん……」
「お腹空いたでしょ、ご飯たべよ?」
「母さんは……?」
「飲みに行ったから、二人だけだよ」
「ほんとに?」

 智秋はぱっと起き上がる。
 鞠衣は昔から夜出かけることが多い。
 母親と食卓を囲むのは気が重く、彼女の不在は、二人には朗報だ。

「今日はカレーだよ」
「やっぱりそうかあ。匂いですぐ分かった。母さん、ほんっと料理のレパートリー少ないよねえ」
「仕方ないさ。人間、得手不得手があるもの。野菜サラダは僕が準備したよ」
「えー、トマト嫌いだから、兄ちゃん、食べてね」
「好き嫌いしてたら大きくなれないよ。トマトも食べなくちゃ」
「やだやだ」
「しょうがないなあ。僕が一つ食べてあげるから、残りはちゃんと食べるんだよ。いいかい?」
「やったー」

 母にかまわれずとも、優しい兄がいれば、智秋は幸せだった。

 

 ※ ※ ※



 それから六年。智秋は中学生になった。
 不出来なりに、こつこつ真面目に勉強したおかげで、平均で中の下ほどの成績をキープしている。
 母からは相変わらず全く期待されていない。
 しかし智秋は彼女の無関心に慣れ、幼い頃のように泣くことはなく、精神的に強く成長した。
 だが外見は、智秋は成績同様、冴えないままだ。身長はようやく百五十センチに届いたが、制服未着用だと未だに小学生に間違われてしまう。

 一方、春海は中学受験に合格し、優秀なアルファが通う中高一貫校にオメガ特別枠で進んだ。現在、高校三年生。
 オメガにしては長身の百七十センチの身長に、細身な体躯。元来の美貌に色気が加わり、智秋も時折兄をうっとりと眺めてしまうほどだ。

 春海は今の智秋と同い年の時に、発情期を迎えた。

 十三歳から十八歳あたりに発症するオメガ特有の症状で、一月に一回、期間は約一週間、性フェロモンを放出し、異常な性衝動に悩まされる。
 この症状が長い間オメガを悩ませてきた。なぜなら月に一週間、性行為を欲する衝動は、彼らが家に閉じこもることでしか回避策がなく、必然的に世間と遮断されて、差別へとつながっていた。
 だが半世紀前に、抗フェロモン剤が発明されたことにより、症状を劇的に軽減することに成功し、オメガに就学や就職の道が開けた。
 
 春海は薬を服用しながら、普通に通学しているが、それでも性フェロモン効果で、発情期の時は一段と艶かしさが増しているのが、智秋にも分かる。
 
 智秋にも、そろそろ発情期が来てもおかしくない時期だが、全くその兆候はない。

「あーあ。俺にも早く、発情期こないかなあ」

 仲良し兄弟は、未だに自室を共有していて、智秋は今日の宿題を春海に教わっている途中だ。

「急にどうしたの?」
「だって、兄ちゃんは発情期がきて、背が伸びたし、綺麗になったじゃん? 俺だって今はチビで不細工だけど、発情期がきたら、もっとぐーんと背が伸びて、顔だってもうちょっと見られるようになるかなって」 
「えー、僕は今の智秋が可愛くていいな」
「かわいいのはいやなの! かっこよくなりたいの! そして早く恋人が欲しいの!」  
「智秋、好きな子がいるの? だれっ? 僕の知ってる子?」

 春海が智秋の恋バナに興味しんしんで、智秋はちょっと引いた。

「……そんなの、いないけどさ」
「ああ、よかったあ。智秋にはまだ早いもんね」と安心している春海は、相当なブラコンだ。
「よかないよ! 友だちはあの子が可愛いとか、あの子に告られたとか、そういう話ばっかりしてるし、カノジョいないとバカにされるんだから!」
「好きな人なんて、焦らなくてもそのうち出来るから、大丈夫だよ」
「そうかなあ……」

 智秋の友人はベータばかり。全人口に対して一割のオメガの比率は、生徒数にも比例している。
 彼らは古い価値観のせいで、同性愛を認めない人が多い。智秋の周囲には当然のように男女のカップルしかおらず、無意識に彼らの道徳観念に引きずられていて、恋人が欲しいと思いながらも、智秋は女の子をいいなと思ったことはない。



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Posted by麻斗結椛