溺愛しすぎるデスティニー 2-1

麻斗結椛

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第2話 兄の恋人



「ねえ、兄ちゃんは、南条さんといつもこんなところでデートしてるの?」

 生まれて初めてのオシャレなカフェに、智秋は居心地が悪くて、落ち着かない。緊張のあまり、ジュースに口をつけてばかりいるから、兄の恋人が来る前だというのに、既に氷だけになりそうな勢いだ。
 
「ううん。僕たち、学校でしか会えないんだよね。それにしても、そこまで緊張しなくてもいいんじゃない? 智秋」

 向かいに座る春海が、くすくす笑う。

「だってさあ」

 同性代の友人しかいない智秋にとって、兄以外の年上の男性は未知の存在だ。人見知りの性格も相まって、清史郎との顔合わせにかなり気後れしている。

 智秋がぶうっと膨れると、春海の視線が智秋の背後に注がれて、輝くような笑顔に変わった。

「清史郎、こっちだよ」

 春海が軽く手を上げる。
 入り口に背を向けていた智秋は、とうとう兄の恋人がきたのだと、ごくんと息を飲んで振り返った。

 颯爽と近づいてくる男性を見て、智秋は目を瞠る。

 艶やかな少しクセのある黒髪。端正で男らしい顔立ち。長身を誇る立派な体躯。白の襟付きシャツにジーンズという、シンプルな服装が彼を大人に見せていて、とても十八歳には見えなかった。
 
 智秋はすぐ隣に立った兄の恋人に、ぼうっと見惚れた。

「君が、智秋くんか?」

 耳障りの良い、落ち着いた甘い声。
 イケメンは、声までイケメンだ。

「は、はいっ!」

 智秋は慌てて立ち上がる。みっともなく椅子が大きな音を立てた。
 起立して初めて清史郎との身長差に、智秋は驚いてしまう。

「い、いつも、兄ちゃん、いえ、兄がお世話になってます! 弟の智秋です!」

 智秋は腰を直角に折り、いきおいよく頭を下げた。
 この時、兄の恋人が、わずかにだが怪訝な表情で智秋を見つめたことに、二人の兄弟は気づいていない。

「南条清史郎だ。君の兄さんと親しくさせてもらっている」
 
 清史郎が智秋にすっと手を差し出した。
 おずおずと智秋はを握り返し、俯いていた顔をゆっくり上げると、清史郎と目が合う。
 美しい男性が、強い眼差しで智秋を容赦なく射抜くせいで、智秋は柄にもなくドキドキしてしまう。そして重なる手のひらから、温もり以外の何かが流れ込んできて、智秋の内部にじわじわと侵食していくのが、なんだかこそばゆい。

「清史郎、座ったら?」
「そうだな」

 得体のしれない感情に戸惑っていると、春海が清史郎に着席を促してくれて、智秋はほっとした。

 あっけなく離れていく手の温もりが、名残惜しい。

 清史郎は、春海の隣、智秋の斜め前に座った。

「ねえねえ、清史郎。僕の弟、可愛いでしょう?」
「ちょ、ちょっと! 兄ちゃん、何言ってるの! 恥ずかしいからやめてよっ!」

 智秋は兄の空気を読まない言葉をあわてて遮った。平凡以下の智秋の風貌を、春海は頻繁に褒める。二人きりの時は許せても、他人の前では、非常にいたたまれない。

「可愛いな」
「え?」
「春海に聞いていたとおり、とても愛くるしい子だ」
「でしょでしょ。僕の自慢の弟なんだよ」

 智秋は二人のやり取りをぽかんと見ていた。

「ね、清史郎。いつものでいいの?」と、春海が清史郎の袖をつんつんと指先でつまんだ。

「ああ」
「りょーかい。店員さん、すみませーん!」

 甘える春海と、それを悠然と受け止める清史郎。
 素敵なカップルだと思う一方で、なぜか胸がきゅうっと締め付けられた。

(あれ? 俺、なんでこんな苦しいの?)

「智秋、どうしたの?」
「へ?」
「辛そうな顔して。もしかしてお腹痛い? 一気に冷たいジュースとか飲むからだよ!」
「ちがうってば! 子ども扱いするなよ」
「だって子どもだもーん。勝手にホットミルク頼んじゃうからね。あ、店員さん、何度もすみませーん」と手を振っている。
 
 オメガは虚弱体質な場合が多く、智秋も幼い頃から身体が弱い。それが春海の過保護につながっていた。

「もう! 勝手に頼むなってばあ」

 すぐにコーヒーとホットミルクが届く。

「お願い、一口だけ飲んで?」

 兄に可愛く強請られると、智秋は弱い。

「分かったよ……わ、あったかーい。お腹、あったまるう」
「少しずつ飲むんだよ?」

 二人のやり取りを無言で眺めていた清史郎が、くすくす笑っている。

「ほらあ、南条さんにも笑われちゃったよ、もう!」
「清史郎、なんで笑うんだよう」
「俺は姉貴にすら、こんな風に可愛がられた記憶がないからな。微笑ましいなと感心していた」
「南条さん、お姉さんがいるんですか?」
「小うるさいのが一人な。それより、智秋くん。俺を名前で呼んでかまわないよ」
「そ、そんな、とんでもないです!」

 智秋はぶんぶんと両手を大きく振って、全身で拒絶すると、春海がやんわりと諭す。

「智秋。彼の願いを叶えてあげて? 清史郎ね、僕があんまり智秋のことを話すものだっから、会う前から智秋を弟みたいに思っているんだよ」
「弟……」
「春海が溺愛する弟がどんな子か、ずっと気になっていたんだ」

 彼の眼差しに、智秋の胸が大きく高鳴る。
 変な気持ちがじわじわと胸に広がって、居心地が悪い。

「……智秋くん、どうした?」

 突然何かが頬に触れた。
 微量の電気が流れたように身体が痺れる。
 智秋は「うわっ!」と小さく悲鳴を上げて、身体を後ろにのけぞらせた。

「驚かしてすまない。君が急に泣き出したから、どうしたのかと思って」

 清史郎が智秋の挙動不審を訝しんでいる。
 頬に触れたのは、清史郎の指先だった。
 指摘されて指先で眦に触れて、自分が泣いてることに気がついた。

「ち、智秋、一体どうしたの?」

 智秋は、なんで自分が涙を零しているのかが、全く分からない。だがとりあえず、目の前でおろおろする春海になんらかの弁解をしなくては。

「あ、あのね、兄ちゃんと清史郎さんが仲良くてよかったなあって思ったら、つい」
「そうなの?」
「……うん、ごめん、泣き虫で」
「ん、いいよ」
 
 いつの間にか、春海は智秋の隣に移動していて、優しく肩を撫でていた。
 
「……二人は本当に仲がいいんだな」

 しみじみと向かいで清史郎がつぶやいた。
 智秋ははっと我に返る。

「ご、ごめんなさい! もう、兄ちゃん、あっち戻って!」
 
 思春期男子の羞恥心を、いまいち理解してくれない春海は、「どうして?」と小首をかしげる。

(うっ……兄ちゃん、可愛いなっ)

「そんな可愛い子ぶっても、ダメだからね!」
「えー、智秋のケチー」
「もう俺のことは放っておいて! 清史郎さんが、一人でつまんないだろ!」
「いや、それはないな」

 智秋が焦れば焦るほど、清史郎をほがらかに笑わせてしまう。



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Posted by麻斗結椛