溺愛しすぎるデスティニー 2-2

麻斗結椛

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「あの、清史郎さん」
「なんだ?」

 清史郎はコーヒーを飲む姿すら決まっていて、何度見ても智秋はドキドキ緊張してしまう。

「あの、ありがとうございましたっ!」
「急にどうした?」
「兄ちゃんを悪い奴から助けてくれたって話を聞いた時、清史郎さん、正義の味方だって思って感動しました」

「正義の味方か……」と清史郎がくすりと笑った。
 
「俺達が付き合うようになったきっかけは、春海にとってはこのうえない不幸だった。だが俺は入学当初から春海が気になっていたから、あの時、春海に突然告白されて、想定外にうれしかったんだ。綺麗で聡明な春海には、すでに恋人がいると思っていたからな」
「清史郎……」

 春海が清史郎をうっとりと見つめ、清史郎も優しいまなざしで春海を見た。 
 
 二人はとても愛し合っている。なのに。

「なんで、清史郎さんは兄ちゃんを番にしないんですか?」
「智秋……」

 春海がすっと視線をそらして、首筋を手で触った。
 そこには、強化プラスチック製の透明チョーカーが巻かれている。従来の黒の首輪はオメガ差別を助長するため、アクセサリー感覚で身につけられるプロテクターが主流となり、春海は十三歳の時から着用している。

 清史郎が噛み付けば、春海は彼の番だ。
 オメガの屈辱の証である首輪から解放される。

「ねえ、なんで、兄ちゃんはこんなに清史郎さんを好きなのに、どうして、番にしてくれないの?」

 智秋の子供らしい素朴な質問に、清史郎は嫌な顔ひとつしなかった。春海は口を挟まず、二人の会話を聞いている。

「もちろん、春海を愛しているよ。だが俺達はまだ高校生だ。決して別れるつもりでつきあってはいないが、今後、俺たちがどうなるか誰にも分からない」
「兄ちゃんと、別れちゃうの?」

 智秋の涙腺が、また緩む。
 清史郎は小さく微笑んで、首を僅かに横に振って「そうじゃない」と言った。

「欲望の赴くまま、彼の首筋を噛んで無責任に番にしたら、もし俺たちが進む道を違えた時に、春海を途方に暮れさせてしまう。それは俺の本意じゃないということだ」

 まだ恋すら知らない智秋には、清史郎の言い分に込められた真摯な気持ちが理解できない。

「どうして? 高校生でもいいじゃないか。兄ちゃん、清史郎さんを大好きなんだもん。お願い、番にしてあげてよ」

 首を縦に振らない清史郎に、智秋はだんだん腹が立ってくる。
 
「ねえってば!」
「智秋、落ち着いて!」

 声を荒げ始めた智秋を、春海が優しく制止した。

「僕は清史郎の考えに同意している。彼が愛してくれる気持ちに嘘はないって分かってるから。だから、お願い。清史郎を責めないで……ね、智秋」
「兄ちゃん……」

 涙目で春海を見つめると、春海が微かに頷いて、微笑んでいる。智秋はぐいっと目元を拭った。

「清史郎さん、よく知りもしないで、酷いこと言ってごめんなさい……」
 
 だが清史郎は無言のままで、ただ智秋をじっと見つめていた。

「清史郎さん……?」
「すまないが、そろそろ失礼する」
「え! もう?」と、春海が一番驚いている。

「この後、ホテルで南條家主催の晩餐会があって、出席しなくてはならないんだ」
「……そっか。忙しいのに時間とらせて、ごめんね」
「俺のほうこそ、短時間しか一緒にいられなくてすまない」
「ううん……」

 春海は清史郎の予定を知らなかったらしい。聞き分けはいいが、明らかに落胆している。

 智秋はさあっと青ざめた。

(俺のせいだ。俺がいちゃもんつけたから……)

「ごめんなさい! 兄ちゃんを嫌いにならないで! 帰らないで!」

 起立し歩き出した清史郎の前に、智秋が両手を広げて立ちはだかり、行く手を塞いだ。

「智秋くん……」

 清史郎の表情は怒気は含んでおらず、どちらかというと呆れ顔だ。

「どきなさい」
「いやだ! 俺に怒ってるなら、俺が帰る! だから清史郎さんは帰らないで!
「だから俺には用事が」
「ちがう! 俺にムカついてるんだ! だから兄ちゃんを置いてくんだ!」

 清史郎は深くため息を吐いて、呟いた。

「こんな子どもに……」
「え?」

 最後のほうが聞き取れなくて聞き返すが、清史郎は無視した。

「春海、この埋め合わせは必ずする」
「明後日、また学校でね」
「智秋くん。これ以上春海を困らせないようにしたまえ」

 あやすように、ぽんと頭に手を乗せて、清史郎はするりと智秋の脇を通り抜ける。そして来た時と同様に、颯爽と店を出ていった。

 その後姿をぼんやりと見つめて、自分のやらかした失態に智秋は気づく。
 
「ごめん……兄ちゃん……俺、どうしよう……清史郎さん、怒らせちゃったよ……」

 張り詰めた糸が切れて、智秋は腰が抜けたように、椅子に腰を下ろした。

「清史郎は怒ってないよ。それよりも、智秋が僕を心配してくれたことが、すごくうれしい。ありがとね」
「兄ちゃん……」
「でも智秋、すごいね。清史郎に喧嘩ふっかけるなんて。僕だって清史郎と言い争いとかしたことないのにさ」
「……後で嫌がらせとか、されない?」
「あはは、なんだよ、それ。子どもじゃないんだから」

 せっかく心配しているのに、逆にばかうけして、智秋は面白くない。
 
「笑うなよ!」
「ごめんごめん。でも本当に清史郎はあれくらいで腹を立てるほど心の狭い人じゃないから、僕に嫌がらせなんて……しない……ぷっ」
「もう! 笑うなってば!」
「だって、智秋が子どもみたいなこと、言うからさあ」
「俺はまだ子どもだ!」
「さっきは子供扱いするなって言ったくせに」
「うるさーい! 春海は俺がいつまでも発情期がこないほうがいいくせに!」

 春海が智秋をぎゅうっと抱きしめた。
 
「僕はね、智秋がすごくすごく大事なんだ。本当に智秋には一生発情期がこなければいいのにって思ってる。ねえ、智秋、急いで大人にならないで。いつまでも、このまま可愛い智秋でいてね」
「……うん。なるべく、発情期がこないように、がんばるから……兄ちゃん?」
「くくく……がんばるって……もう智秋、可愛すぎだよう」

(ああ、そうか)

 今日、清史郎と春海の仲睦まじい様子を見て、何度も変な気持ちになった理由が、今になって分かった。

 春海を清史郎に取られたような気がしたのだ。

 智秋は春海にずぶずぶに甘えているが、春海は智秋を甘やかしはしても決して甘えたりしない。
 頼りになる優しい兄が、唯一甘えられる存在に嫉妬して、番にしない清史郎を勝手に責めて、怒らせた。

(清史郎さん、ごめんなさい。兄ちゃんを、嫌いにならないでね)



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Posted by麻斗結椛