溺愛しすぎるデスティニー 3-1
第3話 発情期
智秋が南條清史郎に会ったのは、中学一年生の時の、その一度きりだ。
清史郎を怒らせたとずっと気にしていたが、その後、春海が彼と別れた様子はなく、智秋はほっと胸をなでおろす。
後日知るのは、清史郎が大企業の南条コーポレーションの御曹司だということだった。
帝王学の一環で、学業の合間に既に経営参画していて、子会社を一つ任されているらしい。
母親は、春海がセレブと付き合っていると知り、かなりご満悦で「絶対に別れたらだめよ」と念押ししている様子は、滑稽だ。
春海は曖昧に笑うだけで、彼女の願望を否定しない。本当に優しい兄なのだ。
彼が清史郎にふさわしくあろうと常に必死に勉強をしている姿を、智秋はずっと見ていた。
(兄ちゃんが、いつか、清史郎さんの番になれますように)
智秋は兄の幸せを、ただ願うばかり。
だが、春海が清史郎の話題に、次第に積極的に触れなくなっていたことに、智秋はずっと気づかないでいた。
智秋の発情期は中学時代にとうとう訪ずれないまま、地元の私立高校に進学した。
特進クラスがアルファのみで構成されている以外は、大多数のベータと少数のオメガが通う、普通の学校だ。
中学と同様、オメガの学生数は一学年で十人ほど。クラスメートはベータばかりで、アルファの生徒とは別クラスのせいで、廊下ですれちがう程度だ。
高校では、男のオメガは智秋だけで、他の学生はみな女子で、全員中学時代に発情期を迎えていた。
抑制剤の効能は確実で、発情期中でも症状は抑えられる。だがその分副作用が強く、薬との相性が悪いと体調を崩しやすい。保健室登校をしているオメガの学生に「大変だなあ」とまだ他人事のように智秋は捉えていた。
高校では、亜泉克也(あずみかつや)という男子と親しくなる。彼はベータだ。
一年生で同じクラスとなり、浅香と亜泉で席が前後していて、自然と話すようになった。
二人は気が合って、親友となる。
身長が百五十五センチの智秋と、百八十五センチの亜泉。おまけに亜泉は野球部で体格がいい。
立派な体躯の亜泉は、智秋の憧れだった。
高校生活は順調に経過し、入学して半年経つ。
昼休みは、亜泉と二人で教室で弁当を食べることが多い。
持参の弁当は、もちろん春海の手作り。大学生の春海が毎朝早起きして作ってくれる。母親は相変わらず家事放棄中で、飲み歩いてばかりだ。
秋の涼風がふわりとそよぐ中、窓際の席に、智秋と亜泉は座っている。
殆どの生徒が食堂に行く中、周囲には弁当持参のクラスメートが何人か残っていた。
亜泉が「中学ん時のダチに初カノが出来て浮かれて超うぜえんだよなあ」という話をしているのを、智秋は小さなおにぎりをついばみながら、「ふうん」と相槌を打って、ふと亜泉に興味本位で尋ねた。
「亜泉って、カノジョ作らないよね」
「唐突だな」
「だって、亜泉、かっけえから、よく告られてるのに、断ってばっかじゃん」
坊主頭が爽やかな、体育会系好青年の亜泉は、女子生徒になかなか人気がある。
智秋から見ても、亜泉は見た目も性格も、かなりいい男だった。
「まあ、モテるのは否定しねえけどさ」
そう言って、亜泉は顎に手を当てて、ハードボイルド風な仕草でおどける。
「おい! そこは『そうでもないけど』って言うところだろう!」
「悪い、悪い。そういう浅香は恋人は……って、どう見てもいなそうだけどな」
智秋の三倍に匹敵する弁当箱から、大きな唐揚げを豪快に口に放り込んで、亜泉はいししと笑う。
「いなくて悪かったなあ……」
「でも好きな人くらいはいるだろ?」
「……いない」
智秋は初恋もまだだ。
(恋、かあ)
兄の春海は、自分と同い年の時に、清史郎に恋をしたというのに。
「急にしょぼんとして、どうした?」
「あ、うん。兄ちゃんは長く付き合っている恋人がいるのに、俺は好きな人もいないなんて、どうしてかなあって」
「浅香の兄さんの恋人は、アルファだったな」
「うん」
ベータは同性愛を嫌悪する倫理観を持つ。
大半がそうだが、それを受け入れている人もある一定数はいて、亜泉がそうだ。だが彼自身は男性は恋愛対象外らしい。
「アルファってオメガ差別、めっちゃ激しいけど、意外と割れ鍋に綴じ蓋みたいな感じじゃね?」
「清史郎さんはそんな人じゃないよ」
「分かってるって。だから、兄さんと長く付き合ってるんじゃん」
「そうだけど」
「俺らベータって、同性愛はタブーだし、オメガと恋愛するのも偏見あるから、かなり勇気がいるし。同種の縛りは、アルファよりもきついんだ」
智秋がぽかんとしていると、「え、おまえ、知らなかったの?」と亜泉に驚かれた。
「うちのクラスの男子で、オメガの女子とつきあってる奴、いないぜ?」
「そう言われてみれば……」
「でもさ、俺の好きな子は、オメガなんだよね」
「え……好きな子って、初耳……。だれ? 俺の知ってる子?」
「隣のクラス。久原いずみ。知ってる?」
「久原さん……」
智秋はこくんと頷いた。
オメガはマイノリティーゆえに、男女関係なく、仲が良い。
「告らないの?」
「ああ」
「オメガだから? 差別?」
彼の裏表がない性格が好きだ。だが友情は、種の壁を超えられないのか。
智秋は自分が差別されたようで、とても悲しくなる。
「ばか、全然違うわ。そんな顔すな」
「いてっ」
亜泉におでこを指で弾かれて「もう、何すんだよう」と智秋は額を撫でた。手加減がないのでヒリヒリする。
「偏見とかじゃなくて、ベータとオメガじゃ、どんなに好きあっても、番になれねえじゃん。恋人になった後、相手が強制的にアルファに番にされたらどうしようって怯えて過ごすのは、いやっていうか」
「亜泉……」
「まあ、俺がヘタレなだけどな!」
智秋は目からウロコが落ちるほどの衝撃を受けた。
「ベータって、そういう悩み、ないのかと思ってた。ごめん。差別してるとか、酷いこと言った、俺」
「いいって。浅香と思いがけず恋バナ出来て、うれしい。オメガの男のダチっていないから、話しやすかった。こっちこそ、ありがとな」
亜泉は、智秋を責めることなく、逆に気遣ってくれさえする。
(やっぱ、こいつ、いい奴だな)
「あーあ。でもさあ、はるか昔、性別しかなかったっていうのに、どうしてこうもややこしく細分化したんだろうなあ。なーんか、めんどくせえ!」
「人間が生き延びようとするために、進化したんじゃない?」
「つうか、俺には退化したようにしか思えねえけどな」
それぞれの種が進化の過程で、逆らえない宿命を背負っているのだ。
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智秋が南條清史郎に会ったのは、中学一年生の時の、その一度きりだ。
清史郎を怒らせたとずっと気にしていたが、その後、春海が彼と別れた様子はなく、智秋はほっと胸をなでおろす。
後日知るのは、清史郎が大企業の南条コーポレーションの御曹司だということだった。
帝王学の一環で、学業の合間に既に経営参画していて、子会社を一つ任されているらしい。
母親は、春海がセレブと付き合っていると知り、かなりご満悦で「絶対に別れたらだめよ」と念押ししている様子は、滑稽だ。
春海は曖昧に笑うだけで、彼女の願望を否定しない。本当に優しい兄なのだ。
彼が清史郎にふさわしくあろうと常に必死に勉強をしている姿を、智秋はずっと見ていた。
(兄ちゃんが、いつか、清史郎さんの番になれますように)
智秋は兄の幸せを、ただ願うばかり。
だが、春海が清史郎の話題に、次第に積極的に触れなくなっていたことに、智秋はずっと気づかないでいた。
智秋の発情期は中学時代にとうとう訪ずれないまま、地元の私立高校に進学した。
特進クラスがアルファのみで構成されている以外は、大多数のベータと少数のオメガが通う、普通の学校だ。
中学と同様、オメガの学生数は一学年で十人ほど。クラスメートはベータばかりで、アルファの生徒とは別クラスのせいで、廊下ですれちがう程度だ。
高校では、男のオメガは智秋だけで、他の学生はみな女子で、全員中学時代に発情期を迎えていた。
抑制剤の効能は確実で、発情期中でも症状は抑えられる。だがその分副作用が強く、薬との相性が悪いと体調を崩しやすい。保健室登校をしているオメガの学生に「大変だなあ」とまだ他人事のように智秋は捉えていた。
高校では、亜泉克也(あずみかつや)という男子と親しくなる。彼はベータだ。
一年生で同じクラスとなり、浅香と亜泉で席が前後していて、自然と話すようになった。
二人は気が合って、親友となる。
身長が百五十五センチの智秋と、百八十五センチの亜泉。おまけに亜泉は野球部で体格がいい。
立派な体躯の亜泉は、智秋の憧れだった。
高校生活は順調に経過し、入学して半年経つ。
昼休みは、亜泉と二人で教室で弁当を食べることが多い。
持参の弁当は、もちろん春海の手作り。大学生の春海が毎朝早起きして作ってくれる。母親は相変わらず家事放棄中で、飲み歩いてばかりだ。
秋の涼風がふわりとそよぐ中、窓際の席に、智秋と亜泉は座っている。
殆どの生徒が食堂に行く中、周囲には弁当持参のクラスメートが何人か残っていた。
亜泉が「中学ん時のダチに初カノが出来て浮かれて超うぜえんだよなあ」という話をしているのを、智秋は小さなおにぎりをついばみながら、「ふうん」と相槌を打って、ふと亜泉に興味本位で尋ねた。
「亜泉って、カノジョ作らないよね」
「唐突だな」
「だって、亜泉、かっけえから、よく告られてるのに、断ってばっかじゃん」
坊主頭が爽やかな、体育会系好青年の亜泉は、女子生徒になかなか人気がある。
智秋から見ても、亜泉は見た目も性格も、かなりいい男だった。
「まあ、モテるのは否定しねえけどさ」
そう言って、亜泉は顎に手を当てて、ハードボイルド風な仕草でおどける。
「おい! そこは『そうでもないけど』って言うところだろう!」
「悪い、悪い。そういう浅香は恋人は……って、どう見てもいなそうだけどな」
智秋の三倍に匹敵する弁当箱から、大きな唐揚げを豪快に口に放り込んで、亜泉はいししと笑う。
「いなくて悪かったなあ……」
「でも好きな人くらいはいるだろ?」
「……いない」
智秋は初恋もまだだ。
(恋、かあ)
兄の春海は、自分と同い年の時に、清史郎に恋をしたというのに。
「急にしょぼんとして、どうした?」
「あ、うん。兄ちゃんは長く付き合っている恋人がいるのに、俺は好きな人もいないなんて、どうしてかなあって」
「浅香の兄さんの恋人は、アルファだったな」
「うん」
ベータは同性愛を嫌悪する倫理観を持つ。
大半がそうだが、それを受け入れている人もある一定数はいて、亜泉がそうだ。だが彼自身は男性は恋愛対象外らしい。
「アルファってオメガ差別、めっちゃ激しいけど、意外と割れ鍋に綴じ蓋みたいな感じじゃね?」
「清史郎さんはそんな人じゃないよ」
「分かってるって。だから、兄さんと長く付き合ってるんじゃん」
「そうだけど」
「俺らベータって、同性愛はタブーだし、オメガと恋愛するのも偏見あるから、かなり勇気がいるし。同種の縛りは、アルファよりもきついんだ」
智秋がぽかんとしていると、「え、おまえ、知らなかったの?」と亜泉に驚かれた。
「うちのクラスの男子で、オメガの女子とつきあってる奴、いないぜ?」
「そう言われてみれば……」
「でもさ、俺の好きな子は、オメガなんだよね」
「え……好きな子って、初耳……。だれ? 俺の知ってる子?」
「隣のクラス。久原いずみ。知ってる?」
「久原さん……」
智秋はこくんと頷いた。
オメガはマイノリティーゆえに、男女関係なく、仲が良い。
「告らないの?」
「ああ」
「オメガだから? 差別?」
彼の裏表がない性格が好きだ。だが友情は、種の壁を超えられないのか。
智秋は自分が差別されたようで、とても悲しくなる。
「ばか、全然違うわ。そんな顔すな」
「いてっ」
亜泉におでこを指で弾かれて「もう、何すんだよう」と智秋は額を撫でた。手加減がないのでヒリヒリする。
「偏見とかじゃなくて、ベータとオメガじゃ、どんなに好きあっても、番になれねえじゃん。恋人になった後、相手が強制的にアルファに番にされたらどうしようって怯えて過ごすのは、いやっていうか」
「亜泉……」
「まあ、俺がヘタレなだけどな!」
智秋は目からウロコが落ちるほどの衝撃を受けた。
「ベータって、そういう悩み、ないのかと思ってた。ごめん。差別してるとか、酷いこと言った、俺」
「いいって。浅香と思いがけず恋バナ出来て、うれしい。オメガの男のダチっていないから、話しやすかった。こっちこそ、ありがとな」
亜泉は、智秋を責めることなく、逆に気遣ってくれさえする。
(やっぱ、こいつ、いい奴だな)
「あーあ。でもさあ、はるか昔、性別しかなかったっていうのに、どうしてこうもややこしく細分化したんだろうなあ。なーんか、めんどくせえ!」
「人間が生き延びようとするために、進化したんじゃない?」
「つうか、俺には退化したようにしか思えねえけどな」
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