溺愛しすぎるデスティニー 4-1

麻斗結椛

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第4話 変化



 一学期の終業式数日前、初めての発情期を迎えた智秋は、体調が優れず連日欠席後、夏休みに突入する。
 智秋は春海とともにかかりつけの病院に行き、診察を受けた。
 検査結果は、血中フェロモン含有率が平均値を大きく上回っているというものだった。
 青ざめる智秋の背中を、「智秋、大丈夫だよ」と春海が優しく撫でてくれるが、身体の震えが収まらない。
 発情期は嵐のように通りすぎ、今、身体は正常な状態だ。
 自分の中を流れる血液に、あのおぞましい症状を引き起こす物体が含まれているなんて、絶対に信じたくなかった。

「先生……俺、どうなるんですか?」

 智秋が不安げに尋ねると、医者は朗らかに答えた。

「そんな泣きそうな顔しなくても大丈夫ですよ。症状に合わせた薬はたくさんありますから、様子を見ながら一番あなたに合う薬を見つけていきましょう!」
「……はい」

 智秋は力なく頷いた。
 今は医者の言うことを信じるしかない。
 

 


 月に一度、七日間ほどが、オメガの発情サイクル。
 次の予定日付近までは、今まで通り普通に生活していい。
 だが高校最後の夏休みだというのに、智秋は一歩も家を出られなかった。

(発情したら、どうしよう……)

 その可能性はかなり低いのに、智秋は恐怖で足が竦む。

 唯一の息抜きは、春海とのドライブだ。

 週末は必ず車で外に連れ出してくれる。
 この日は雲一つない爽やかな快晴で、ガラス越しに差し込む陽射しはかなり眩しい。
 車内はクーラーが効いているが、一歩外に出たらそこは灼熱なのだ。

「ドライブ日和だねえ」
「せっかくのお休みに、いつも俺のおもりさせて、兄ちゃん、本当にごめんね」
「智秋と毎週デートできてうれしいのは、僕のほうだよ」

 助手席に座る智秋は、運転席の春海をちらりと眺める。
 綺麗な横顔に、サングラスがかっこいい。ラフな白い襟付き長袖シャツとダメージジーンズがよく似合う。

 だが、春海の首には、差別の象徴、首輪が巻かれていた。
 いくらオシャレなチョーカータイプであっても、誰の番でもない証拠だ。

 智秋はぎゅっと眉を顰める

(南条清史郎は、兄ちゃんのことを、どうしたいんだろう……)

 綺麗で優秀な兄。性格は控えめで優しい。
 番にして結婚するには申し分ない相手なのに、なぜ清史郎は兄を番にしないのか?
 惚れた弱みにつけこんで、春海を公私ともにこき使って弄んでいる。
 智秋にはそう思えて仕方がないのだ。 

「兄ちゃん、休みの日に俺とばかり一緒にいたら、清史郎さんに怒られるんじゃない?」
「清史郎はそんなことじゃ怒らないから、智秋は何も心配しないでいいの」

 智秋が清史郎に会ってから、既に五年経過している。
 最近気がついたのは、春海は清史郎のことを、殆ど口にしないことだ。

「ねえ、兄ちゃん、清史郎さんとまだ付き合ってるの?」
「やぶからぼうに、どうしたの?」
「だって、清史郎さんのこと、全然話さないから」
「僕の恋バナなんて、面白くないし」
「昔はすっごいノロケてたのに」
「ごめんごめん。若気の至りってことで勘弁してよ」

 春海の元気は、どうみても空回っていて、ごまかされているようにしか思えない。

「……本当はあの人と別れたんじゃないの?」
「別れてないよ」
「ほんと? 俺に嘘ついてない?」
「僕が智秋に嘘ついたこと、ある?」
「……ううん、ない、けど」

 だが、今の春海は何かを隠しているような気がしてならなかった。

 目的地の海に到着した。
 穴場スポットで、浜辺には親子連れが数組いるくらいで、人気は殆どない。

 オメガは透けるように色白で、過剰に紫外線を浴びると、肌に炎症を起こす。
 だから二人は真夏でも、つばの広い帽子、長袖に長いパンツという、重装備だ。 

「暑いけど、気持ちいねえ」

 少し前を歩く春海は、どこかさみしげだ。
 智秋は地雷を踏んだのかもしれない。
 だが今日はどうしても引き下がれないと思った。

「兄ちゃん、さっきの話の続きしても、いい?」
「……ああ」

 春海は歩調をゆるめて、智秋と並んで砂浜を歩く。
 
「あのさ、あの人と、もう別れたら?」

 春海は何も言わない。

「アルファとオメガが長く一緒にいるなら、番にして当然じゃんか。こんなに尽くしてる兄ちゃんを番にしないって、あいつ、どんだけ誠実じゃないんだよ。付き合ってる意味なんてあるの? 高校の時は将来がどうのこうのって言い訳が言えても、今は二人とも大人だ。あんな言い訳通用しない! いつまでも番にしない不誠実な男は、兄ちゃんから振ってやれよ!」

 声を荒げて、気分が昂ぶり、ついでに涙が溢れた。

「なんで智秋が泣くの」
「うるさい!」
   
 春海は智秋の濡れた目元に唇を寄せた。
 智秋は恥ずかしくてかあっと頬を染める。

「……兄ちゃん、ブラコンが過ぎるよ」
「智秋が僕のことで泣いてくれるのがうれしくて、つい」 
「こういうの、兄弟でおかしいって」
「どこが? 全然おかしくない。外国では普通のこと」
「ここ、日本だし」
「細かいこと言わないの。ねえ、歩きつかれちゃった。あそこで休憩しよう」

 春海が砂浜を少し上がった場所にある階段を指した。
 そこまで歩き、腰を下ろす。

「そろそろ薬の時間じゃない?」
「あ、そうだった」

 智秋はナップザックから水筒と薬を取り出して、飲み込んだ。
 隣では、春海もリュックからミネラルウォーターを取り出して、口にしていた。

「さっきの話だけど、清史郎と僕、まだ付き合ってるから、心配しないでいいよ」
「うそくせえし!」
「もう、智秋は容赦ないなあ。んー、別れてはないけど、ちょっとだけ、うまくいってない、かな?」
「やっぱり……」

 智秋は頭に血が上るが、隣にいる春海は飄々としていて、温度差がもどかしい。

「あいつ、浮気したんだろ」

 一瞬、間があった。

「くっそ、あいつ、今度会ったらぶん殴ってやる!」

 智秋はざっと立ち上がる。

「ちょ、ちょっと、智秋、違うから。落ち着いて。座って、ね、お願いだから」
「今、間が空いたじゃねえか。それって浮気を認めたってことだろ!」
「違うよ。ちゃんと説明するから、ほら、落ち着いて」 

 手を握られて、着席させられる。

「俺が納得行くように説明しろよ!」
「智秋、怖い……」
「俺はな、マジで怒ってんだ!」
「そんな怒らなくてもいいのに……」
「だってよ! あいつ、兄ちゃんがいるのに……」

 また涙が溢れる。

「あー、もう、泣き虫さんなんだから」
「うるせえ! 俺はなあ、悔しいんだ! 兄ちゃんは俺の憧れなのにさあ……それなのに……」
「はいはい、ありがとね」

 春海が智秋の肩を抱き寄せ、優しく撫でながら、ぼそぼそと語りだした。

「智秋は、運命の番の話、覚えてる?」
「うん」

 昔、春海に聞いた。
 ヒートや発情期に関係なく惹かれ合ってしまう、アルファとオメガの関係だ。
 あの時、春海は清史郎の運命の番でありたいと、はにかみながら言っていたことを思いだす。

「僕はね、どうやら、彼の運命の番じゃ、ないみたいでさ」
「……やっぱ、浮気してんじゃんか! あいつっ……」
「すぐ怒らないの。もう、智秋は、瞬間湯沸かし器だね。。ちゃんと僕の話を聞きなさいってば」
「だってさあ……」
「よしよし」

 春海は智秋のふわふわの赤毛を撫で、そこに鼻を寄せる。

「僕、智秋の匂いが小さい頃から大好きなんだ」
「えっ! 俺、フェロモン臭い?」
「ううん。おひさまの香り……うさぎがこんな匂いがするんだよね……ねえ、落ち着くからこうやって話させて」
「いいけど……」

 初めて兄に頼られているような気がして、春海のいいように、寄りかからせた。

「清史郎とセックスする時って、いつもこれ、外してるんだ」

 そう言って、春海は自分の首元に指を這わせた。

「でも決して、ここを、噛んでくれない」
「兄ちゃん……」

 智秋はぐっと怒りをこらえて、春海をぎゅっと抱きしめた。

「すごく愛されてるのは分かってるんだよ。だけど僕だけをどろどろに快楽に溺れさせて、清史郎は憎らしいくらいにいつも冷静で……そのたびに、僕は彼の運命の番じゃないって、思い知らされる」
「もう……別れろって、兄ちゃん。全然、幸せそうに見えないよ……」

 腕の中で春海が小さく首を横に振る。

「清史郎が、死ぬほど、好き、なんだ。十五の頃から、かれこれ七年にもなるけど、自分でもびっくりするくらい、彼への好きが減らない。だから、番になれなくてもいいから、ずっと彼の側にいたんだ……」
「兄ちゃんがそんなに好きなら、きっと兄ちゃんがあいつの運命の番だってば! 自信もてよ、兄ちゃん。番じゃないとか、兄ちゃんの勘違いだってば」
「智秋にそう断言されると、なんだかそんな気分になるから不思議だな……」

 春海が顔を上げた。
 形のよい眦が、少し潤んでいる。
 
「僕は、幸せだよ、智秋」

 智秋の頬に、そっと手で触れる。

「大好きな弟が、僕の恋をこんなに心配してくれるなんて……」
「俺はいつだって兄ちゃんの味方だ! 今度あいつに会ったら、説教してやるんだ!」
「頼もしいなあ。でもこれだけは分かってね、智秋。清史郎は、常に僕に真摯に向き合って、僕を本気で愛してくれている。ただ彼はとても不器用だから……」
「そんなの関係ない! 俺は兄ちゃんファーストだ!」
「もう、僕、智秋が大好きすぎる。どうしよう」

 春海が智秋に抱きついた。

「俺も兄ちゃんが一番好きだ!」
「智秋。発情期を迎えて、不安だろうけど、何があっても、僕が側にいることを忘れないでね」
「うん」

 智秋は後に激しく後悔する。
 どうして、この時の春海の言葉を信用しなかったのだと。



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Posted by麻斗結椛