溺愛しすぎるデスティニー 4-3

麻斗結椛

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 ※ ※ ※


 専門学校の推薦合格に、誰よりも喜んでくれたのは、春海だ。
 お祝いに食事をしようと提案してくれて、平日の放課後、ホテルロビーで待ち合わせをしている。
 おめかししてねという春海のアドバイスされた。
 一旦家に帰って、手持ちの服から見栄えの良いのを選んで着替えてきたつもり。

 チェックの襟付きシャツにチノパン。黒のジャケットを羽織って、靴は唯一のレザーシューズ。

 発情期を迎えて以降、相変わらず赤髪だが、その髪質が変化した。
 収まりがつきにくいのが悩みだったのが嘘のように、春海のような緩やかなウェーブを描くようになったのだ。

 ロビーのソファにちょこんと座って春海を待っている。
 少し早めにきたせいで、待ち時間が長いのは、自分のせいだ。

「お父さんかお母さんを待っているの? 一人で大丈夫?」

 親切な高齢のご婦人に声をかけられて「い、いえ、大丈夫です!」と頭を下げた。
 小柄で華奢な智秋は、きっと中学一年生ぐらいに思われているのだろう。

 約束の時間を少し過ぎた頃、春海がエントランスから走ってこちらに向かってくるのが見えた。

「ごめん、智秋。遅くなった!」
「ううん、全然待ってない。兄ちゃんのほうこそ、仕事忙しいのにこんなに早い時間から大丈夫なの?」
「そんなの智秋は気にしなくていいの。わあ、智秋、今日の格好、すごく可愛いねえ」
「いつもTシャツにジーパンでラクチンな格好ばかりだから、全然慣れないけどね」

「春海」

 春海の背後からゆっくりと近づいてくる男性に、智秋は瞠目した。

 南條清史郎だ。

「清史郎。先に行ってごめんね。智秋を待たせてたから、焦ちゃって」

 六年ぶりの再会。
 高校生の頃より、一段と男らしさと美貌が増していた。
 ビジネススーツ姿の彼は、春海と同い年とは思えない貫禄と威厳がある。
 
 彼は春海の数歩後ろで足を止めて、じっと智秋を見つめた。
 見てはいけないものを見てしまったように苦々しい表情だ。

(こいつ、後ろめたい思いがあるんだな!)

 瞬間、智秋は積年の怒りと恨みが、ぱんっと弾けた。

「この人、何しにきたの?」
「智秋?」

 春海が驚いた声を上げる。

「智秋が専門学校に合格したから、一緒にお祝いしようと思って誘ったんだよ」
「俺、この人と一緒なんて、絶対いやだからね!」
「智秋、あのね……」
「春海。俺はここで失礼する。君は彼と一緒に食事をしてきなさい」
「でも……」

 春海が申し訳なさそうに清史郎を見ている。
 恋人と弟の間に挟まれて、どちらを優先していいか困っているようだ。

「俺は彼に嫌われているらしい」
「当たり前だ! あんた、兄ちゃんを全然大事にしてないじゃないか!」

 これでもTPOはわきまえているつもりだ。
 周囲に悟られなように、できるだけ小声で清史郎を責めた。

「これ以上、兄ちゃんを蔑ろにするなら、俺が許さない!」
「智秋、お願いだから、やめて」
「兄ちゃんは黙ってろ!」
「智秋くん。せっかくの君の祝いの場を台無しにして、申し訳ない」

 清史郎は深く一礼すると、踵を返して、つい今しがた入ってきたエントランスから出ていった。

「なんなんだよ! 全然、文句言い足りないよ! 言い訳の一つくらいしろっての!」
「智秋……」
「やっぱ、兄ちゃん、あいつともう別れろって。俺にはあいつが兄ちゃんをいいようにこき使ってるようにしか見えないよ」
「ちょっと落ち着こう、ね? 智秋」

 気がついたら、声が大きくなっていて、周囲から諌めるような視線を感じた。

「ご、ごめん……」
「いいよ。僕のためを思ってだもんね。分かってるよ。大丈夫」 

 春海に背中をそっと押されてエレベーターに乗り込んだ。
 下りたのは最上階で、高級フレンチレストランに入った。

 通されたのは眺めのいい個室だった。
 部屋の真ん中に白いクロスのかかったテーブルが鎮座し、三人分の食器が準備されている。

 春海は白ワイン、智秋は白ぶどうの炭酸ジュースで乾杯をした。

「智秋、合格おめでとう」
「ありがとう。でもこんな高そうなところじゃなくても、よかったのに」

 絶妙なタイミングで運ばれてくる料理は、どれも見たことも食べたこともないものばかり。
 マナーが分からない智秋には、春海しかいない環境は、正直ありがたかった。

「ここね、すごく人気があるんだ。それに気兼ねなく食べたいだろうって、清史郎が個室を予約してくれたんだ」

 智秋のフォークが止まった。
 清史郎の顔が脳裏をよぎる。
   
「……ふん、なんだよそれ。頼んでねーし。俺、あの人、何があっても、嫌いだからね」
「あはは、清史郎、智秋にひどく嫌われちゃったもんだね。かわいそうに」
「ぜんぜんかわいそうじゃない! ざまあみろだ」
「もう、僕の好きな人を、そんな風にけなさないでよ……」
「兄ちゃんって、ほんっと、お人好しだよね。ねえ、言っていい? 見てて正直イライラする。あいつの片腕とか言われてうれしいかもしれないけど、利用されてるだけだからね!」
「……智秋」
「兄ちゃんのこと、好きって言ってくれる人、他にいないの?」

 春海は苦笑いを返すだけ。

「ほら、いるじゃんか。六年もつきあって番に出来ないヤツなんか、兄ちゃんからふって、他のアルファに乗り換えてやればいいんだよっ……兄ちゃん?」

 智秋は悪口を止めて、はっと息を飲んだ。
 春海が夜景に視線をよこしながら、ほろほろと泣いている姿に驚いた。

「兄ちゃん……ごめん! 言い過ぎた!」
「ん……いいよ」

 春海は涙を拭いながら笑う。

「何度も言うけど、僕、清史郎が好きで好きでたまらない。清史郎も決して僕を蔑ろにはしてないのを分かってね。僕を愛してくれる彼の気持ちに嘘はないんだ。ただ色恋には本当に不器用で……そんなところが大好きなんだけどね。……だからね、僕から振ることはないんだ。僕がもし清史郎と別れるとしたら、それは彼から別れを告げられた時だよ」
「……ごめんけど、俺、兄ちゃんがどうしてあの人にこだわるのか、全然分からない……」

 初恋を知らない智秋には、綺麗で聡明な晴海が、なぜ苦しい恋に固執するのかが、まったく理解できない。

「あはは、ごめん。せっかくの智秋の合格祝いがしんみりしちゃった。もうこの話はおしまい。泣いたりしてごめんね」
「ううん。俺が兄ちゃんを泣かせたんだ。場所もわきまえずにわめきたてて、困らせて、ほんと、俺ってダメな弟だよね……」
「それがねえ、ちーっとも困ってないんだよー、智秋。僕はほんっとに、智秋が大事なんだよ? 分かってるう?」
「兄ちゃん……ろれつ回ってない。酔っ払ってる?」

 泣いたカラスがもう笑っている。
 頬杖をついて、ワインを手酌する春海は、どこか幼くて可愛い。

「あ、そうだ」
「な、なに?」

 すっかり忘れてたよう、と、春海はビジネスバッグから細長い小箱を取り出した。

「はい。これ、合格祝いね」
「え!」
 
 智秋は思わず受け取ってしまった小箱を見つめた。
 春海が「早く開けて」と急かすので、丁寧に包装紙をむいて、箱の蓋をそっと開いた。
 そこには、腕時計があった。

「わあ……めちゃかっこいい……」 
「スマホで時間見ちゃうだろうけど、せっかく進学したんだし、使ってくれるとうれしいな」
「今つけてみていい?」
「もちろん」

 シルバーの時計は、智秋の細い手首にあつらえたようにぴったりだ。

「サイズ合ってるね。智秋に合うように調整してもらったんだ」

 智秋が黙って時計をした手首を見つめていると「気に入らなかった……?」と不安げに春海が尋ねる。

「違うって! そうじゃなくて、こんな高いの、もらっていいのかなあって」
「いいのいいの。黙って受け取っておきなさい」
「……ん、ありがとう」

 清史郎と春海の関係は、智秋には理解できない。
 だがもし春海が清史郎と別れた時は、自分が兄を慰めるんだと、固く心に誓う。

 そして、智秋の穏やかな日々が終わるカウントダウンは、すでに始まっていた。




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Posted by麻斗結椛