溺愛しすぎるデスティニー 6-3
「……あんた、俺をからかってんの?」
「こんなことを冗談で言うか」
清史郎の表情は、真剣だ。
確かに清史郎は真面目な性格だと、春海から聞いているし、彼の態度はそれを裏切らない。
だがそれでも信じられるはずがないのだ。
「信じられるか! あんたに会ったのは今日いれても三回目だぞ。それで俺を好き? ふざけんな! 適当にごまかしてんじゃねえ!」
「六年前、君はまだ発情期を迎えていなかった」
「そうだけど?」
「あの時、君が俺の運命の番だと、すぐに分かった」
(運命の番!)
春海はずっと願っていた。
清史郎の運命の番は、自分でありたいと。
「あんた……まさか、兄ちゃんにそれを……」
「ああ。春海は全て、知っている」
智秋はすくっと立ち上がると、無言のまま歩き出した。
怒りと驚きがごちゃまぜになって、これ以上清史郎の側にいたら、何をしでかすか分からない。
非力な智秋の暴力なんて子犬が猛獣にじゃれるようなものだが、高ぶる気持ちを落ち着かせるために、一刻も早く、この男から離れたかった。
(兄ちゃんは、この人と別れてから、一体どんな気持ちで俺と一緒にいてくれたんだ? 全然分からなかった。それなのに俺は自分のことばかりで……)
「智秋くんっ! 待ってくれ!」
清史郎が追いかけてきて、智秋の肩に触れた。
「触るな!」
「すまない。だがこれを受け取ってくれないか」
差し出さた花束を無造作に奪い取ると、智秋はそれを思いっきり清史郎に投げつけた。
花びらが無残に散りながら、ぱさりとそれは地面に落ちる。
「俺は、俺は、あんたなんか、大嫌いだっ!」
捨て台詞を残して、智秋は駆け出す。
体力のない智秋の足はすぐに止まってしまうが、振り返ると、もう河川敷に清史郎の姿はなく、ほっとした。
智秋はスマホを取り出し、電話をかけた。
もちろん相手は春海だ。
緊張しながら呼び出し音を聞く。
「智秋?」
数回のコール後、電話の向こうから優しい声が聞こえる。
半年ぶりの兄の声。
「兄ちゃん……」
智秋は涙声になるのを、こらえられなかった。
※ ※ ※
「一時間でそっちに行くから、駅前のカフェで待ってて」
そこは六年前、清史郎を紹介された店だ。
智秋がカフェオレを飲みながらぼんやり待っていると、時間通りに春海が店に入ってきた。
すぐに智秋を見つけて、軽く手を振りながら、春海は小さく笑った。
その笑顔には、なんのわだかまりもない。
薄茶の髪が以前より伸びている姿に、長く疎遠だったことを実感する。
白のVネックのTシャツに、グレーのカーディガンとチノパンと休日のラフスタイル。
春海は相変わらずおとぎの国の王子さまのように、凛としている。
春海の頼んだコーヒーが届いて、春海が口を開いた。
「智秋……。少しは、元気になった?」
「あ、うん。体調もだいぶ落ち着いてるし、傷も……」
智秋は左手首にそっと触れた。
かなり酷い傷跡で、見えないように常にサポーターを巻いて保護している。
春海も痛々しい顔をする。
「痛くない?」
「ちょっと疼くけど、もう大丈夫だよ」
「よかった……。智秋、高校卒業、おめでとう。卒業式、行かなくてごめんね」
「あ、ありがとう。あ、あの、兄ちゃん!」
「ん?」
「本当に、ごめんなさいっ」
智秋は額をテーブルに打ち付ける勢いで、頭を下げた。
「智秋! おでこぶつけてない? 大丈夫?」
「俺、ずっと兄ちゃんに謝りたかったし、会いたかった。見舞いに来てくれた時、兄ちゃんにひどい八つ当たりした。ほんとどうかしてた。今更許してもらえないかもしれないけど……ごめんなさい」
「怒ってないよ。会いたいって言ってもらえて、うれしいんだから。ほら、顔あげて? 智秋の可愛い顔を僕に見せてよ」
おそるおそる上目遣いに春海を見ると、春海は愛おしげな眼差しで智秋を見ている。
それは幼い頃から全く変わらない。春海はいつだって智秋を慈しんでくれていたのだ。
「あの時の僕は、智秋のために何も出来なかった。智秋の傷ついた心と身体を癒やすどころか、塩を塗ることしかできない自分が、本当に、本当に、ふがいなかった。だからせめて僕がいないことで智秋の気持ちが落ち着くならと、家を出たんだ。でもね、本音を言うと、智秋の側にいたかったんだよ。だから智秋がこうやって会ってくれて、僕は許されたような気がする。長く放っていて、本当にごめんね」
「許すも何も、兄ちゃんは悪くないよ。悪いのは、誰がどう見ても、俺だから」
「智秋は全然悪くないし、怒ったりなじったりして智秋の気が紛れるなら、僕はいくらでもその思いを受け止める」
智秋は小さく首を横に振った。
「もう、そういうのはいいんだ。それより、兄ちゃん、清史郎さんと別れたって本当なのか?」
「なんでそれを……あ、そうか。清史郎、智秋に会いに行くって言ってたな」
あっけらかんとしている春海に、智秋はがくんと拍子抜けする。
「別れたくないって言ってたのに、どうして?」
「智秋、早く別れろって言ってなかった?」
「だって、兄ちゃん、あいつに振られたんだろ?」
「ううん。別れを切り出したのは、僕の方だよ」
「……え? でも、あの人、そんなこと一言も……」
春海がコーヒーに口をつけ、くすっと笑った。
「清史郎はね、そんな奴なんだ。一見傲慢そうだけど、中身はすごく不器用で純粋。僕は彼を心の底から愛してたよ。でもね、好きすぎる自分に疲れちゃったんだよね。ここまで好きになれたから、もう終わらせていいかなあって」
照れ笑いする春海が、痛々しい。
「……あいつが兄ちゃんをさっさと番にしないから……」
「僕は、彼の運命の番じゃなかったんだ。清史郎に聞いたでしょう? 智秋が彼の運命の番だって」
智秋はぐっと唇を噛みしめる。
兄の口からそんな言葉を聞きたくなかった。
「兄ちゃんは平気なのか? よりによって、あいつ、恋人の弟を好きだとか抜かしてんだぞ? おかしいだろ!」
「そりゃあ最初聞いた時は、どうして智秋なんだって驚いたし、正直ショックで、清史郎と初めて言い合いになったもの」
「兄ちゃん、俺のこと、嫌いになったよね……」
「まさか! だって、智秋、ちっとも悪くないもん。清史郎の気持ちの問題だし」
「まあ、そうだけど……」
「ねえ、智秋は、清史郎に初めて会った時、何か、感じなかった?」
「何かって?」
「ビビビって、心に響く、特別な感覚みたいな?」
智秋は六年前に思いを馳せる。
(壮絶にかっこいい年上の人と目が合って、握手をして、ドキドキしたけど……)
今まで清史郎を色恋に絡む目で見たことは、一度もない。
だが先程思いがけず告白されて、図らずも意識してしまうのは、仕方がないことだろう。
それでも心の揺れを、断じて認めるわけにはいかない。
「何も感じなかった! 感じるもんか!」
「あはは、清史郎、前途多難だな」
「兄ちゃんは、あいつの味方なのか!」
「清史郎の恋が実ればいいなあってと思うよ。僕の好きだった人が僕の弟と付き合うなんて、素敵じゃない?」
「……ごめん。俺には兄ちゃんの思考がちっとも理解できないし、あの人とどうこうなるつもりなんて、さらさらないから」
「えー、清史郎、かわいそう……」
「あいつのことなんか心配するなよ! 兄ちゃんこそ、新しい恋、見つけたのか?」
「ああ、もう僕、恋愛はこりごりだ。清史郎に一生分の恋心を使い果たしたから、絞っても何も出てこないよ」
「兄ちゃんみたいな美人がフリーだったら、言い寄ってくる奴、たくさんいて大変だろ?」
「今に始まったことじゃないから慣れてるし、平気だよ。心配してくれてありがとね」
「へ、へえ……すごいね……」
心配したものの、モテたことのない智秋には、モテて困る状態が想像できなかった。
「智秋、学校、行かないんだって?」
「あ……、母さんに聞いたの?」
「時々、母さんには電話してたからね。智秋の様子を聞くために」
「……いつ発情期が起きるのかと思ったら、怖くて外に出られなかったんだ。外を少し出歩けるようになったのも最近で。兄ちゃんに相談しないで、進学をあきらめて、ごめんなさい」
「智秋」
テーブルにおいていた智秋の手を、春海がそっと握った。
細くて白い指。男の人じゃないみたいだ。
「学校にこだわらなくていいんだ。智秋のペースでゆっくり気持ちと身体を整えればいいんだから、ね?」
春海は優しい。優しすぎて、辛くなる。
「……なあ、兄ちゃん」
「ん?」
「あの人と、どうとか、絶対ないから」
「智秋……」
「俺、あいつ、大嫌いだ!」
綺麗な春海ではなく、ちんちくりんの智秋を好きになる理由が、運命の番だからと一言で片付けられては、まったく納得がいかない。
ずっと清史郎を好きだった春海の思いが報われないのが、智秋には一番つらかった。
清史郎が智秋を好きだなんて、気の迷いだ。
すぐに春海の良さを再認識してよりを戻すに違いない。
いや、そうしてくれないと困る。
智秋にとって、春海は誰よりも大事な兄なのだから。
※ ※ ※
「あんた、ガッコもいかないで、これからどうするつもりだい?」
春海と店で別れて、帰宅した智秋に珍しく母親が親らしいことを言い出して、智秋は一瞬呆気に取られたが、すぐに憮然と答える。
「わかんねえよ。そんなの俺が知りたいくらいだ」
「いつまでも家にこもって、暗くうじうじされてるの、そうとう鬱陶しいんだけど」
「相変わらず酷い言い草だな」
「後二年であんたも二十歳だ。国からの補助、終わるんだよ。あたしの稼ぎなんて微々たるもんだし、進学しないなら、金稼いでもらわないと困るよ」
「結局自分のことか」
「働かざる者食うべからずっていうだろ」
(自分はたいして働いていないくせに、よく言うよ)
智秋は呆れて何も言えなかった。
「俺にどうしろって言うんだよ」
「あんた、アルファ嫌いなんだろ? あいつらから一生逃げて生きてくつもり? 見返してやろうとか思わないの?」
アルファを見返すというフレーズが、妙に智秋の心に響いた。
「あんたの発情期の症状は、一種の才能だ。うまく管理すれば、どんなアルファでも手玉に取れる」
「はあ……あんたはいっつもそればっかりだ」
一瞬でも感心した智秋がバカだった。
やはりいつも通りの、がめつくて、自分勝手な母親だ。
「智秋、ここの面接、行ってきな」
ぽいっと渡されたのは、手のひらサイズの紙だ。
「ボーイズバー……プリンス?」
「あたしの知り合いの店だから、悪いようにはしないだろうよ」
「バーって、お酒飲むとこだろ? 俺、未成年だぜ」
「黙ってりゃ分からないよ。それにあんたが酒飲まなきゃいいだけの話だ」
「そうだけど……」
「そこはね、客がアルファで、店員はみなオメガなんだよ」
「え?」
「ホストクラブやメンキャバよりずっと楽だし、あんたのアルファ恐怖症を治すにはうってつけの職場だ。普通にバイトするよりよっぽど金になるし、あわよくば、どこかの金持ちのアルファのお手が付くかもしれないだろ? どう転んでも誰も損しない仕事だ」
母親は、智秋が北園にレイプされたことをすっかり忘れたように、喜々として智秋に水商売を勧めてくる。
ここまであっけらかんと子どもに寄生しようとする母親に、逆らう気力が失せてしまう。
それに高校卒業して無職なのは、正直心苦しかった。
まんまと母親の口車に乗せられたのは悔しいが、翌日、智秋は名刺に記載のある住所を訪ねて、面接を受ける。
そして即日合格して、智秋はその店でキャストとして働くことになったのだ。
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清史郎の表情は、真剣だ。
確かに清史郎は真面目な性格だと、春海から聞いているし、彼の態度はそれを裏切らない。
だがそれでも信じられるはずがないのだ。
「信じられるか! あんたに会ったのは今日いれても三回目だぞ。それで俺を好き? ふざけんな! 適当にごまかしてんじゃねえ!」
「六年前、君はまだ発情期を迎えていなかった」
「そうだけど?」
「あの時、君が俺の運命の番だと、すぐに分かった」
(運命の番!)
春海はずっと願っていた。
清史郎の運命の番は、自分でありたいと。
「あんた……まさか、兄ちゃんにそれを……」
「ああ。春海は全て、知っている」
智秋はすくっと立ち上がると、無言のまま歩き出した。
怒りと驚きがごちゃまぜになって、これ以上清史郎の側にいたら、何をしでかすか分からない。
非力な智秋の暴力なんて子犬が猛獣にじゃれるようなものだが、高ぶる気持ちを落ち着かせるために、一刻も早く、この男から離れたかった。
(兄ちゃんは、この人と別れてから、一体どんな気持ちで俺と一緒にいてくれたんだ? 全然分からなかった。それなのに俺は自分のことばかりで……)
「智秋くんっ! 待ってくれ!」
清史郎が追いかけてきて、智秋の肩に触れた。
「触るな!」
「すまない。だがこれを受け取ってくれないか」
差し出さた花束を無造作に奪い取ると、智秋はそれを思いっきり清史郎に投げつけた。
花びらが無残に散りながら、ぱさりとそれは地面に落ちる。
「俺は、俺は、あんたなんか、大嫌いだっ!」
捨て台詞を残して、智秋は駆け出す。
体力のない智秋の足はすぐに止まってしまうが、振り返ると、もう河川敷に清史郎の姿はなく、ほっとした。
智秋はスマホを取り出し、電話をかけた。
もちろん相手は春海だ。
緊張しながら呼び出し音を聞く。
「智秋?」
数回のコール後、電話の向こうから優しい声が聞こえる。
半年ぶりの兄の声。
「兄ちゃん……」
智秋は涙声になるのを、こらえられなかった。
※ ※ ※
「一時間でそっちに行くから、駅前のカフェで待ってて」
そこは六年前、清史郎を紹介された店だ。
智秋がカフェオレを飲みながらぼんやり待っていると、時間通りに春海が店に入ってきた。
すぐに智秋を見つけて、軽く手を振りながら、春海は小さく笑った。
その笑顔には、なんのわだかまりもない。
薄茶の髪が以前より伸びている姿に、長く疎遠だったことを実感する。
白のVネックのTシャツに、グレーのカーディガンとチノパンと休日のラフスタイル。
春海は相変わらずおとぎの国の王子さまのように、凛としている。
春海の頼んだコーヒーが届いて、春海が口を開いた。
「智秋……。少しは、元気になった?」
「あ、うん。体調もだいぶ落ち着いてるし、傷も……」
智秋は左手首にそっと触れた。
かなり酷い傷跡で、見えないように常にサポーターを巻いて保護している。
春海も痛々しい顔をする。
「痛くない?」
「ちょっと疼くけど、もう大丈夫だよ」
「よかった……。智秋、高校卒業、おめでとう。卒業式、行かなくてごめんね」
「あ、ありがとう。あ、あの、兄ちゃん!」
「ん?」
「本当に、ごめんなさいっ」
智秋は額をテーブルに打ち付ける勢いで、頭を下げた。
「智秋! おでこぶつけてない? 大丈夫?」
「俺、ずっと兄ちゃんに謝りたかったし、会いたかった。見舞いに来てくれた時、兄ちゃんにひどい八つ当たりした。ほんとどうかしてた。今更許してもらえないかもしれないけど……ごめんなさい」
「怒ってないよ。会いたいって言ってもらえて、うれしいんだから。ほら、顔あげて? 智秋の可愛い顔を僕に見せてよ」
おそるおそる上目遣いに春海を見ると、春海は愛おしげな眼差しで智秋を見ている。
それは幼い頃から全く変わらない。春海はいつだって智秋を慈しんでくれていたのだ。
「あの時の僕は、智秋のために何も出来なかった。智秋の傷ついた心と身体を癒やすどころか、塩を塗ることしかできない自分が、本当に、本当に、ふがいなかった。だからせめて僕がいないことで智秋の気持ちが落ち着くならと、家を出たんだ。でもね、本音を言うと、智秋の側にいたかったんだよ。だから智秋がこうやって会ってくれて、僕は許されたような気がする。長く放っていて、本当にごめんね」
「許すも何も、兄ちゃんは悪くないよ。悪いのは、誰がどう見ても、俺だから」
「智秋は全然悪くないし、怒ったりなじったりして智秋の気が紛れるなら、僕はいくらでもその思いを受け止める」
智秋は小さく首を横に振った。
「もう、そういうのはいいんだ。それより、兄ちゃん、清史郎さんと別れたって本当なのか?」
「なんでそれを……あ、そうか。清史郎、智秋に会いに行くって言ってたな」
あっけらかんとしている春海に、智秋はがくんと拍子抜けする。
「別れたくないって言ってたのに、どうして?」
「智秋、早く別れろって言ってなかった?」
「だって、兄ちゃん、あいつに振られたんだろ?」
「ううん。別れを切り出したのは、僕の方だよ」
「……え? でも、あの人、そんなこと一言も……」
春海がコーヒーに口をつけ、くすっと笑った。
「清史郎はね、そんな奴なんだ。一見傲慢そうだけど、中身はすごく不器用で純粋。僕は彼を心の底から愛してたよ。でもね、好きすぎる自分に疲れちゃったんだよね。ここまで好きになれたから、もう終わらせていいかなあって」
照れ笑いする春海が、痛々しい。
「……あいつが兄ちゃんをさっさと番にしないから……」
「僕は、彼の運命の番じゃなかったんだ。清史郎に聞いたでしょう? 智秋が彼の運命の番だって」
智秋はぐっと唇を噛みしめる。
兄の口からそんな言葉を聞きたくなかった。
「兄ちゃんは平気なのか? よりによって、あいつ、恋人の弟を好きだとか抜かしてんだぞ? おかしいだろ!」
「そりゃあ最初聞いた時は、どうして智秋なんだって驚いたし、正直ショックで、清史郎と初めて言い合いになったもの」
「兄ちゃん、俺のこと、嫌いになったよね……」
「まさか! だって、智秋、ちっとも悪くないもん。清史郎の気持ちの問題だし」
「まあ、そうだけど……」
「ねえ、智秋は、清史郎に初めて会った時、何か、感じなかった?」
「何かって?」
「ビビビって、心に響く、特別な感覚みたいな?」
智秋は六年前に思いを馳せる。
(壮絶にかっこいい年上の人と目が合って、握手をして、ドキドキしたけど……)
今まで清史郎を色恋に絡む目で見たことは、一度もない。
だが先程思いがけず告白されて、図らずも意識してしまうのは、仕方がないことだろう。
それでも心の揺れを、断じて認めるわけにはいかない。
「何も感じなかった! 感じるもんか!」
「あはは、清史郎、前途多難だな」
「兄ちゃんは、あいつの味方なのか!」
「清史郎の恋が実ればいいなあってと思うよ。僕の好きだった人が僕の弟と付き合うなんて、素敵じゃない?」
「……ごめん。俺には兄ちゃんの思考がちっとも理解できないし、あの人とどうこうなるつもりなんて、さらさらないから」
「えー、清史郎、かわいそう……」
「あいつのことなんか心配するなよ! 兄ちゃんこそ、新しい恋、見つけたのか?」
「ああ、もう僕、恋愛はこりごりだ。清史郎に一生分の恋心を使い果たしたから、絞っても何も出てこないよ」
「兄ちゃんみたいな美人がフリーだったら、言い寄ってくる奴、たくさんいて大変だろ?」
「今に始まったことじゃないから慣れてるし、平気だよ。心配してくれてありがとね」
「へ、へえ……すごいね……」
心配したものの、モテたことのない智秋には、モテて困る状態が想像できなかった。
「智秋、学校、行かないんだって?」
「あ……、母さんに聞いたの?」
「時々、母さんには電話してたからね。智秋の様子を聞くために」
「……いつ発情期が起きるのかと思ったら、怖くて外に出られなかったんだ。外を少し出歩けるようになったのも最近で。兄ちゃんに相談しないで、進学をあきらめて、ごめんなさい」
「智秋」
テーブルにおいていた智秋の手を、春海がそっと握った。
細くて白い指。男の人じゃないみたいだ。
「学校にこだわらなくていいんだ。智秋のペースでゆっくり気持ちと身体を整えればいいんだから、ね?」
春海は優しい。優しすぎて、辛くなる。
「……なあ、兄ちゃん」
「ん?」
「あの人と、どうとか、絶対ないから」
「智秋……」
「俺、あいつ、大嫌いだ!」
綺麗な春海ではなく、ちんちくりんの智秋を好きになる理由が、運命の番だからと一言で片付けられては、まったく納得がいかない。
ずっと清史郎を好きだった春海の思いが報われないのが、智秋には一番つらかった。
清史郎が智秋を好きだなんて、気の迷いだ。
すぐに春海の良さを再認識してよりを戻すに違いない。
いや、そうしてくれないと困る。
智秋にとって、春海は誰よりも大事な兄なのだから。
※ ※ ※
「あんた、ガッコもいかないで、これからどうするつもりだい?」
春海と店で別れて、帰宅した智秋に珍しく母親が親らしいことを言い出して、智秋は一瞬呆気に取られたが、すぐに憮然と答える。
「わかんねえよ。そんなの俺が知りたいくらいだ」
「いつまでも家にこもって、暗くうじうじされてるの、そうとう鬱陶しいんだけど」
「相変わらず酷い言い草だな」
「後二年であんたも二十歳だ。国からの補助、終わるんだよ。あたしの稼ぎなんて微々たるもんだし、進学しないなら、金稼いでもらわないと困るよ」
「結局自分のことか」
「働かざる者食うべからずっていうだろ」
(自分はたいして働いていないくせに、よく言うよ)
智秋は呆れて何も言えなかった。
「俺にどうしろって言うんだよ」
「あんた、アルファ嫌いなんだろ? あいつらから一生逃げて生きてくつもり? 見返してやろうとか思わないの?」
アルファを見返すというフレーズが、妙に智秋の心に響いた。
「あんたの発情期の症状は、一種の才能だ。うまく管理すれば、どんなアルファでも手玉に取れる」
「はあ……あんたはいっつもそればっかりだ」
一瞬でも感心した智秋がバカだった。
やはりいつも通りの、がめつくて、自分勝手な母親だ。
「智秋、ここの面接、行ってきな」
ぽいっと渡されたのは、手のひらサイズの紙だ。
「ボーイズバー……プリンス?」
「あたしの知り合いの店だから、悪いようにはしないだろうよ」
「バーって、お酒飲むとこだろ? 俺、未成年だぜ」
「黙ってりゃ分からないよ。それにあんたが酒飲まなきゃいいだけの話だ」
「そうだけど……」
「そこはね、客がアルファで、店員はみなオメガなんだよ」
「え?」
「ホストクラブやメンキャバよりずっと楽だし、あんたのアルファ恐怖症を治すにはうってつけの職場だ。普通にバイトするよりよっぽど金になるし、あわよくば、どこかの金持ちのアルファのお手が付くかもしれないだろ? どう転んでも誰も損しない仕事だ」
母親は、智秋が北園にレイプされたことをすっかり忘れたように、喜々として智秋に水商売を勧めてくる。
ここまであっけらかんと子どもに寄生しようとする母親に、逆らう気力が失せてしまう。
それに高校卒業して無職なのは、正直心苦しかった。
まんまと母親の口車に乗せられたのは悔しいが、翌日、智秋は名刺に記載のある住所を訪ねて、面接を受ける。
そして即日合格して、智秋はその店でキャストとして働くことになったのだ。
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