溺愛しすぎるデスティニー 7-1

麻斗結椛

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第7話 恋じゃない!


 ボーイズバー「プリンス」。
 キャストがオメガ男性。年齢層は十代後半から二十代。
 客はほぼアルファ男性だが、限定してないので、ベータやオメガ、女性客もたまに訪れる。

 店長は、三十代半ばの男性。もちろんオメガ種だ。
 名前はスバル。名字は分からない。ぱっと目を惹く美男ではないが、優しい雰囲気が素敵な人だ。
 彼が智秋の面接をしてくれた。
 母親には知り合いとしか聞いていなかったが、実は幼なじみだとスバルに聞いて、智秋は驚く。
 そのせいかどうか分からないが、智秋を一瞥して「いいわ、合格よ」と、面接が一瞬で終わって拍子抜けする。

 面接翌日、カクテル作りを教わるため、昼間、店を訪問していた。  

「ちょっとだけ鞠衣に聞いてるけど、あんた、アルファ、ダメなんだって?」

 母親が智秋の事情をスバルに説明していたのが、ものすごく意外で、智秋はびっくりして声が出ない。

「あー、詳しくは聞いてないのよ。パニクって迷惑かけるかもって、言われてるだけだから」
「……すみません」
「いいの、いいの。うちの店、訳ありのコ、多いから。それにしても」

 教えられたとおりカクテルを作る智秋の隣にいたスバルが、智秋の顔を覗き込む。

「あんた、鞠衣によく似てるわねえ。ほんと、可愛い。ついあたしの趣味に走って美形のコばかり雇っちゃうから、智秋みたいな毛色のコ、逆にフレッシュで客にウケそうだわね」

 褒められてるのか、けなされてるのか。
 よく分からないが、「あ、ありがとうございます」と、智秋はぺこりと頭を下げた。
 その後、簡単な接客マナーを教えてもらう。

「後は実地で学んでいけばいいわ。大丈夫。すぐ慣れるから。新人さんはちょっとくらいヘマしてもご愛嬌だから」
「い、いえ。俺、失敗しないように、精一杯がんばります」
「ほーら、肩、余計な力入ってる。リラックス、リラックス。逆に失敗しちゃってほしいくらいよ」

 スバルが智秋の肩を優しく揉む。同じオメガ種だからか、彼に触れられても、ちっとも嫌じゃない。
 
 レイプ事件以来、智秋は引きこもりで、このまま一生、世間と断絶して生きていくのかと、焦燥していた。
 引きこもった時間は、身体と心を癒やしてくれていて、最終的には母親の自己中な理由が、智秋の背中を押した。

(このままアルファに怯えている人生は、いやだ!)

 無理やり放り込まれた夜の仕事は、智秋の心のリハビリとなるだろうか。


 ※ ※ ※
 

 智秋のキャストデビューは、その翌日。
 源氏名に特にこだわりのない智秋は、本名で通すことにした。

「は、はじめまして。チアキです」
「チアキちゃん。今日が初めて?」
「はい。慣れてなくて、ごめんなさい」
「初心な感じが可愛くていいね」
「あ、ありがとう、ございます」

(ああ、バーで良かったあ……)  

 ホストクラブは客の隣に座るのが鉄則だが、ボーイズバーはカウンター越しに飲み物を用意し、お喋りするスタイル。たった一枚の板の距離感が、智秋に安心感をもたらす。

 初めてのお客さんは、先輩キャストの客。
 お休みを知らず来店したので、智秋は先輩の代打で対応させてもらっている。
 久々アルファの男性を目前にして、智秋は挙動不審になるが、その態度が却って初々しく見えるらしい。
 
(この人、あんまり、アルファっぽくない……)

 年齢はたぶん三十代で、イケメンでもないし、金持ちにも見えない。
 智秋の知るアルファは、金持ちで見目もよいが、権力を笠に着た、嫌な奴ばかりだった。清史郎もそうだが、彼を嫌う理由はそこじゃない。

(北園は絶対に許せねえ。清史郎さんも嫌いだけど、それは兄ちゃんを振ったからだ!)

 悪夢が蘇りそうで、頭をふるふると振る。

(今は仕事中! 集中しなくちゃ)

「お仕事って何されてるんですか?」
「営業。一日中、外回りしたけど、全然注文取れなくてさあ」
「大変なんですね。お疲れさまでした」
「チアキちゃんみたいな可愛い男の子とお喋りしながら酒を飲むのが、俺の唯一の癒しなんだよ」

 自分からよく喋ってくれる客で助けられた。
 相槌を打ちつつ、質問を挟めば、それとなく会話が盛り上がる。
 智秋はデビューの日を無難にこなした。




 店長のスバルが言う通り、キャストはみな綺麗な人ばかり。
 オメガは本来美形が多く、智秋のような地味な顔立ちは珍しい。
 オメガ種として生きてきた十八年間、智秋の知るオメガは少なかった。
 これほどたくさんの美形のオメガに囲まれた経験がない。
 智秋の知る美形オメガは、兄の春海だけ。
 だから綺麗な先輩キャストたちに囲まれるだけで、夢見心地になって、ほわあっと舞い上がってしまう。

「ね、チアキ、チュウさせてー」
「え、え、や、やです」
「えーい、無理やりしちゃうもんねー」

 顔を赤くして照れる智秋を先輩キャストがぎゅっと抱き締めて、頬にキスをする。
 恥ずかしいだけで、全然嫌じゃない。
 キャスト仲間にとって、智秋は愛玩動物で、戯れているだけだと分かるからだ。
 レイプ後、攻撃的だった性格も、接客業に携わるようになって、次第に元来の穏やかさを取り戻していく。 
 一番の薬は、同種に囲まれている安心感。
 まだまだアルファは怖いが、仲間が近くにたくさんいるだけで、智秋は心強かった。




 智秋は、ハルトというキャストと出会う。
 初めて彼を見た時、彼の顔立ちが春海によく似ていることに、智秋は驚いた。
 その上、名前の響きも春海に近い。だからすごく親近感を抱いた。
 ハルトは面倒見がよく、新人の智秋をよくかまう。
 一つ年上で、キャストとしては彼が半年先輩だが、敬語は要らないと言われて、タメ口で話している。
 
 顔の造形は春海によく似ているが、雰囲気は違う。
 ハルトは白に近い金髪と、澄んだ湖のような青い目の持ち主。
 穏やかな春海をもっと研ぎ澄ましたような、クールな雰囲気の美男子だ。
 
 仕事前、ハルトに夕食に誘われた。
 二人は店の近所の牛丼屋に足を運んだ。

「うげー、マジ、食いすぎた。動けねえ」

 ハルトは繊細で細身な見た目を裏切る大食漢だ。
 牛丼大盛りとサラダを完食して、爪楊枝をしーしーさせながら、椅子の背もたれにだらしなく寄りかかる。
 一方、智秋は小盛りを食べただけで、うぷっと胸焼けがしていた。もともと少食だが、引きこもり中、食欲がなかったせいで、胃が更に小さくなってしまったようだ。

「チアキ、もっと食わねえと、大きくなれねえぞ」
「……もう、手遅れだもん」

 智秋は百五十五センチになったのは高校一年生の時。だがそこでぴたっと身長は止まった。
 低身長がオメガの特徴の一つだから仕方がないが、春海は百七十センチあるし、ハルトなんか百七十五センチだ。
 店のオメガはなぜかみな長身で、ちびっこは智秋だけだ。店長だって智秋よりは大きい。

「うっわ、おまえ、こんな強い薬、飲んでんの?」

 智秋が服用しようとしてポケットから取り出した抑制剤を、ハルトがぱっと取り上げた。

「このタイプ……これ、長期間摂取しすぎると、年取った時に身体がボロボロになるっていうぜ? やめとけよ、こんなの」
「もう、返してってば」

 智秋はハルトから薬を取り返し、お冷でごくんとそれを飲んだ。

「分かってるけど、発情期の症状をしっかり押さえ込みたいから、仕方ないんだ」
「なんだ、そんなことか。じゃあ発情期ん時、セックスすりゃいいじゃん。すかっと収まるぜ。薬なんて一番弱いのでいいって。俺なんて、本当は薬すら飲みたくねえもん」

 智秋の顔から血の気が引く。

「……どうした?」
「あ、お、俺、そういうの、いやだから」

 北園を忘れてはいないが、あの時の出来事は記憶の底に封印している。レイプされたのも辛いが、何より忌み嫌うのは、自分の性欲だ。忘我する状態に落ちるなら死んだほうがマシだとさえ思っている。

「ボーイズバーのキャストのくせに、智秋、まさかの処女童貞か!」

 智秋はむっと黙り込んだ。
 レイプされた過去をハルトに打ち明けていない。
 だが敏いハルトは挙動不審な智秋の様子から、訳ありだと察したらしい。

「なんか、俺、地雷踏んだみてえだな。悪い、悪い。まあ、いろいろ、あるよな、みんな。でも、いつまでも引きずってても、しょうがねえし、早く忘れなって。命短し恋せよ男子だぜ。あ、チアキは好きなヒトとかいねえの? そいつに抱いてもらえば? 好きな人なら思いっきり淫乱になっても、結果オッケーじゃん?」
「好きな人なんて……」

 この時、頭にぽわんと浮かんだのは、南条清史郎の顔だった。

(えっ? なんで、この人? 俺、こいつ、嫌いなのに!)

「わあーっ! 出てくんな! あっちいけ!」
「な、なんだよ、急に大声だしやがって。びっくりさせんな」

 智秋は妄想を霧散させたくて、叫びながら、手を空中でばたつかせていた。

「う、うるさくして、ごめん」
「で? 好きなヤツ、いるの、いないの?」
「いないよ! いるわけない!」
「ふうん。じゃあ、次の発情期ん時、俺に言えよ。エッチしようぜ」
「ええっ! 急に何言い出すんだよ!」

 ハルトのあり得ない提案に、智秋は仰天した。

「オメガ同士なら、番にされる心配ないしさ、純粋にセックスを楽しめるぜ。おまえ、挿れるのと挿れられるのどっちがいい? 俺、どっちかっていうと挿れられるのが好きだけど、おまえ下手くそそうだからなあ、俺が挿れる方で頼むわ。あ、俺、どっちも経験豊富だから、テクは心配しなくていいぜ」
「なんでそんな軽いんだよ! 俺は、絶対ハルトくんとやらしいことなんてしないからな!」
「はあ? なんでそんな頑ななんだよ。一種の治療みたいなもんだろ? 軽いスポーツとでも思えばよくね?」
「思えるわけないよ!」
「おまえ、あったま、固いなあ。そんな調子でこの仕事、やってけるのか? 客にアフター誘われたらどうするんだよ」
「全力で拒否するし!」
「それじゃあ、全然稼げねえぞ」 
「……いいもん」

 飛び込んだ世界は、想像以上に厳しい。





 働き始めて二週間が経った。

 いつも通りに賑わう店内。
 常連客の相手をしていた智秋は、店内の雰囲気が変わったことに気がつく。
 何気なく入り口付近に視線をやって、智秋は呆然とした。

 清史郎がいるのだ。

(なんで……)

 仕事帰りなのか、スーツ姿の清史郎。疲れた様子は一切見当たらず、午前中のようにぱりっとしている。
 店内のアルファの客が霞むほど、清史郎の男らしい美貌と堂々とした態度は際立っていた。
 キャストらが「上玉よ」と浮足立つのが分かる。
 
 近くにいたキャストが清史郎に声をかける。
 キャストが智秋の方を指差すと、清史郎の視線が智秋に向けられる。

 二人の視線が重なる。
 清史郎の射抜くような強い視線に、確かに熱情を感じて、智秋は逃げたくなる。仕事中だという思いが、智秋を踏みとどまらせた。
 もしここが職場でなければ、智秋は一目散に逃げていたにちがいない。

 清史郎は迷いなくカウンターに近づき、智秋の接客する客の右隣に座った。
 智秋は既に別の客の応対中だ。

「いらっしゃいませ」
「突然きてすまない」

 智秋は軽く会釈するが、聞こえないふりで清史郎を無視した。

「お兄さーん、こんばんはー。初めましてー、俺、ハルトっていいまーす」

 清史郎の相手は、ハルトがするらしい。
 プライベートでは男らしい口調のハルトは、仕事中は可愛らしい言葉遣いだ。
 最初智秋はこのギャップに驚いたが、今ではすっかり慣れてしまった。
 ハルトいわく「素でこの仕事は出来ねえ」らしい。

「お客さん、何飲むう?」
「ウィスキー、シングルで」
「りょーかい」

 ハルトは慣れた手つきで準備しながら、軽やかに接客する。
 智秋は彼のような楽しい接客が憧れだ。

「お兄さん、近くで見ると、ますますかっこいい。めっっちゃ、俺のタイプだわあ。ね、名前、なんていうの?」
「君、すまないが、こっちの彼と変わってくれないか?」



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Posted by麻斗結椛