溺愛しすぎるデスティニー 7-2

麻斗結椛

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 清史郎が智秋を指差した。

「えー、俺、お気に召さなかったあ?」
「そうではないが、彼とは知り合いでね。少し話がしたいんだ」

 ハルトがちらりと智秋を見た。

(絶対変わらないで!)

 そんな必死な思いを込めてハルトを見つめたのに。

「残念。お兄さんと仲良くなりたかったけど。いいよ、変わってア・ゲ・ル」
「ちょ、ちょっと! ハルトくん。俺、橋本さんの接客中だし!」

 智秋の数少ない常連である橋本は、気のいいおじさんだ。
 全然アルファっぽくない気さくなところが、智秋も客として気に入っている。

「え! ハルくんが相手してくれるのっ? チェンジするする!」
「……橋本さん……、ちょっと酷くない?」

 百パーセント恋愛感情なんてなくても、目の前で他の男に乗り換えようとされると、さすがに智秋も傷ついて、ぷうっと唇をとがらせた。

「あはは。ごめーん。人気のハルくんに接客してもらえるなんてめったにないからさあ。いや、チアキちゃんも充分可愛いけどね!」

(そりゃ、ハルトくん、綺麗だし、接客めちゃ上手いけどさあ。あからさまに喜ばなくてもいいじゃんか!)

「交渉成立ー。じゃあ、チアキ、こっちの男前のお兄さんの相手、よろしくー」

 ハルトに無理やり立ち位置を交代させられた。
 むっつりと黙り込んだ清史郎を前にして、智秋はどうしていいか分からず、俯く。
 隣でハルトと橋本が楽しそうに話しているのがうらやましかった。

(俺もそっちがいいなあ……)

「同じのをもう一つもらえないか?」  

 智秋ははっと我に返った。
 仕事中だった。何をぼけっとしているのか。

「は、はい。かしこまりました」

 慌てて用意して、清史郎の前にグラスを差し出した。

「……どうぞ」
「ありがとう」

 清史郎と視線が合う。
 智秋の胸がどくんと高鳴る。

(な、なにか、話さなくちゃ)

「あ、あの、俺がここで働いてるって、兄ちゃんに……?」
「ああ。君がアルファだらけの店で働くと言って、とても心配していたし、それは俺も同じだ」

 面接に受かってすぐ、春海にボーイズバーでアルバイトをすると報告した。
 春海はアルファとの接触をものすごく心配したが、最終的には智秋の覚悟を理解してくれたのだ。

『僕、今度、偵察に行くからね!』

 案の定、ブラコン全開で心配性を発揮する春海を、智秋は全力で阻止した。
 アルファがひしめき合う店内に春海が来るなんて、狼の群れにうさぎを放り込むようなものだ。

『絶対来るなよ!』
『ちぇっ、智秋のケチ』

 かなり強く念押ししたのに、まさか清史郎を送り込んでくるとは思いもよらなかった。

(ほんと、兄ちゃんって、何考えてるか、分かんねえ!)
 
「酔っぱらいのアルファしかいないが、怖くないか?」
「よ、余計な、お世話です。ていうか、ここ、バーだからお客様はみんな酔ってます!」
「そうか。愚問だった。だが俺は君を好きだから、どうしても心配せずにはいられないんだ」
「ちょ、ちょっと!」

 ハルトとハシモトがぎょっとした顔でこちらを見ているのが、分かった。

「じょ、冗談がきついよ、清史郎さん」

 あわててごまかしてみるが、隣の二人は黙りこくって、しっかり聞き耳を立てている。

「もう我慢しないことにしたんだ」
「え?」
「俺のレッテルは『君の兄さんを捨てた酷い男』だ。マイナスからのスタートだが、君に好かれる努力をしたい」
「な、なにを、言って……」
「君を口説くために、ここに通うことを、どうか許してほしい」
「!」

 清史郎は、下手に出ているが、確信犯だ。
 新人の智秋は、先輩キャストのおこぼれ客を譲ってもらっている状態。
 固定客を断れる立場にない。

「……あんた、ずるい」
「君は本当に優しい。俺は断られるとばかり思っていたから、うれしいよ。ありがとう、智秋くん」

 ほうっと深く息を吐いた清史郎は、緊張が解けたのか、優しい笑顔を智秋に向ける。

 六年前、初対面の頃を、智秋はふと思い出した。

(あの時も、こんな顔で俺を見てたっけ……)
 
 清史郎が帰った後、ハルトと橋本から「ちょっと、あれ、なに!」と質問攻めにされたのは、言うまでもない。


 
 ※ ※ ※


 
 午前二時。智秋の上がり時間がハルトと重なり、更衣室で帰り支度をしながら話していた。

「チアキ、見損なったよ」 
「え? 俺、なんかした?」
「あ、違った。見直した、だ。南条さん、今日も来てたな。おまえ、すげえよな。あんな色男、メロメロにしちゃってさ」

 にやりと笑われて、智秋は居心地が悪い。

「……こっちは迷惑してんだよ」

 智秋はぼそっと呟く。
 
 一週間前、清史郎は突然智秋の勤める店にやってきた。
 有言実行、毎日、彼は来店する。

 智秋を口説くと言ったが、初日に堂々と告白して以来、清史郎はそれらしき言葉はいっさい口にしない。
 カウンターの片隅で、酒を飲みながら智秋を眺めているだけ。
 何も語らない熱っぽいまなざしは、智秋を好きだと切に訴えてくるから、質が悪い。
 智秋はどうしていいかわからず、他の客に逃げてしまう。
 清史郎はそんな智秋を咎めたりはしない。
 それどころか、他の客に酒を振る舞うなどしてたくさんのお金を店に落として、すっと帰っていく。
 智秋の売上は、清史郎のおかげでうなぎのぼりだ。

「いくら南条さんが兄貴の元カレだからって、そんな嫌わなくてもよくね?」

 ハルトには以前根掘り葉掘り聞かれた末に、全ての事情を打ち明けさせられていた。

「やだ! 兄ちゃんを振った男だぞ! 兄ちゃんは許しても俺は許さない!」
「おまえが原因で南条さんと兄貴が別れたとしても、お互い納得済みなんだし、あの人がおまえを好きなことに、何の問題があるのか、俺にはちっとも分かんねえ」
「大ありだよ。俺は兄ちゃんの弟だぞ? それをそんな……ありえない!」
「おまえ、やっぱ頭固いわ。そんな意地張ってたら、いつか後悔するぜ?」
「しないもん!」

 店の裏口を出たところで、ハルトと別れた。
 
 一人になって、肩の力が抜けて、ため息が溢れる。
 身体が熱っぽくてだるい。発情期の症状だ。
 薬で性衝動とフェロモンは抑えても、これだけはどうにもならなくて、月に一度迎える約七日間は、未だに恐怖でしかない。
 裏口に停めている自転車に乗ろうとして、くらりとめまいがして、しゃがみこむ。
 働き始めて初めての発情期。久しぶりに体調が頗る悪い。
 
(お金、もったいないけど、タクシーで帰ろう……)

 のろのろと立ち上がり、振り返った時、少し離れたところから智秋を伺う人影にびくんと怯えた。
 
「だ、誰っ?」
「俺だ。驚かせるつもりはなかった。すまない」
「せ、清史郎さん……どうして?」

 彼が店を出たのは、午前零時頃だった。

「君を、その、待っていた。智秋くん、今日、発情期ではないか? 具合が悪そうだ」
「え……そんな、分かりやすかった?」

 ハルトだって、全然気づいていなかった。
 うまく隠していたつもりなのに、不調を見抜かれて、若干ショックを受ける。

「君の微妙な変化に気づくのは俺だけだ。ずっと君だけを見ているから分かる。もしタクシーで帰るつもりなら、俺に送らせてくれないか? 君が心配なんだ」
「清史郎さん……」

 清史郎が言葉を選び、心配して、気を使っているのが、ひしひしと伝わってきた。
 身体がだるいのもあって、いつもみたいに強気に反発するのが、申し訳ない気持ちが募ってくる。

「あの」
「俺に近づくな」
「え?」

 智秋と清史郎の距離は、三メートルくらい離れていて、一歩近づこうとしたら、彼が智秋を制するからぴたりと足が止まった。

「な、なんで?」
「発情期の君を前にして、突発的にヒートを起こしかねない」
「でも、俺、薬飲んでるから、フェロモン出てない……」
「残念ながら、俺はかすかな君の香りすら察知してしまう。今も必死に理性でヒートを抑えている。頼むから俺から離れてついてきてくれ」

 踵を返してさっさと歩き出した清史郎の後を、智秋は追った。
 自転車は一日くらい置きっぱなしでもいい。

 少し歩いて、大通りに出てところで、清史郎がタクシーを拾う。

「申し訳ないが、なるべく離れて座ってくれるか」
「は、はい」

 清史郎の緊張が伝わってくる。
 必死にヒートを抑えているのだ。

 だが不思議と清史郎への恐怖心は起きない。

 言われた通り、彼との間に距離をあけて、後部座席に座った。
 清史郎が行き先を告げて、一路智秋の家に向かう。
 車中はラジオが小さく聞こえるだけ。無駄口を叩かない運転手と、会話がない二人。車中に緊張感が漂い、かなり居心地が悪い。
 十五分ほどで到着して、タクシーを下車した途端、清史郎が「はあっ」と大きく息を吐いて座り込んだので、智秋はびっくりした。

「だ、大丈夫ですか? 車に酔いました?」

 慌てて駆け寄ろうとすると、「近寄るな!」とすごい勢いで拒絶されて、智秋は呆気に取られる。

「車の閉鎖空間で、君のフェロモンにあてられて、息が上がっているだけだ」
「あ……」
「俺のことはいいから、君は早く家に帰りなさい。ここで玄関に入るまで見届ける」

 智秋の家は古い賃貸マンションの三階。
 今立っている場所から、智秋の家の玄関ドアが見える。

「でも」
「俺に襲われたいのか」

 そう言って智秋を見る清史郎の瞳には、明らかに情欲の色がある。

「せ、清史郎さんは、そんなことしないよ」

 清史郎はアルファだが、北園のように智秋に無体をしないと。
 なぜか智秋はそう思ったのだ。

「君の信頼はうれしいが、本当に自信がない。ただでさえ嫌われているのに、これ以上君からの評価を下げることをしたくないんだ。頼むから早く帰ってくれ」
「……う、うん、分かった」

 苦しそうな清史郎を、本当は介抱してあげたい。
 だがその原因が智秋で、本人が断固拒否するのだから、手が出せない。
 智秋はせめて彼の言うことを聞こうと、後ろ髪をひかれながら急いでマンションに向かう。
 エレベーターで三階に上がり、外廊下から路地を見下ろす。

 清史郎が智秋を見上げていた。

 先程より辛そうな表情が和らいでいて、智秋はほっとした。
 まだ新聞配達も始まらない時間帯。
 近所はしんと静まり返っている。

 智秋は小さく手を振った。
 清史郎も手を振り返した。

 声を出さずに、口をゆっくり大きく動かして、「ありがとう」と言ってみる。
 清史郎はかすかに頷く。

「はやくいえにはいりなさい」

 智秋は、彼の唇の動きを読み取り、もう一度手を振って踵を返し、家のドアを開けた。
 玄関に座って数分やり過ごして、再び外に出てみると、既に清史郎がいなくて、胸をなでおろす。

(フェロモンが出てるって、言ってたな……)

 店の客は誰も反応していなかったから、きっと清史郎だけが察知したのは、信じてもいいだろう。
 
 誰も分からない智秋の香りを感じ取る能力。
 それが、運命の番の、証なのだろうか。

(俺は何を考えてるんだ。あいつは兄ちゃんを振ったんだぞ!)

 ぶるぶると首を振る。邪念を追い払いたいのに、清史郎の姿が脳裏から消えてくれない。

(ばかやろう! なんで、俺を好きなんて言うんだよ!)

 春海が一途に恋した人だ。
 彼が悪い人じゃないのは、わかっている。
 誰もが振り返るかっこいい人にあんなに言い寄られて、ほだされない人なんていない。

 以前、自分が清史郎に言い放った嫌味を思い出した。

『告ったら、すぐ付き合ってくれるんじゃね?』

(くそ! 俺は、俺は、絶対、ほだされねえぞ!)




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Posted by麻斗結椛