溺愛しすぎるデスティニー 8-1

麻斗結椛

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第8話 自覚


 清史郎に付き添われて帰宅した翌日から一週間、智秋は店を休んでしまう。

 働き始めてちょうど一ヶ月で、疲労が蓄積してたらしく、発情期の不調と相まって、智秋は起き上がれなかったのだ。

 店に出ていないので、当然、清史郎にはあの日以来会えていない。
 あの日は戸惑いと不調のあまり、清史郎にきちんとお礼をしていないのが、ずっと気になっている。
 しかし、智秋は清史郎の連絡先を知らない。
 春海に聞けば、きっと教えてくれるだろうが、さすがにそこまで無神経じゃない。
 
(まあ、いいか。明日店出るし。きっと清史郎さん、来るだろうから……)




 翌日の夜。

「おー、チアキ。めちゃ久しぶりー」
「いっぱい休んで、ごめんなさい。ハルトくん」
「ぜんっぜん問題ねえよ。てか、おまえの給料減るだけだし」
「酷いなあ」

 軽口を叩きながら店に出ると、お客さんから「チアキちゃーん。ずっとお休みでさみしかったよー」と歓迎された。
 今でもまだアルファの男性は怖い。
 だが店の客はみないい人ばかりで、新人の智秋をマスコットのように可愛がってくれる。

「あ、ありがとうございますっ!」

 そのせいで少しずつではあるが、アルファに対する恐怖が薄らいできていた。




 その日の智秋は、仕事をしながらも、無意識に何度も時計を確認してしまう。
 時計の針は、午後十時を過ぎている。
 そろそろ清史郎が来店する時間帯だ。

「いらっしゃいませー」

 キャストの声に、智秋はぱっと入口付近を見る。
 この動作を今日は何度も繰り返しては、人違いに落胆していた。
 だが、今度こそは、智秋の待ち人がそこにいた。

(え?)

 喜んだのは束の間。
 ハルトが清史郎に軽やかに駆け寄り、彼にぱっと抱きついた。
 それだけじゃない。
 清史郎も彼の抱擁を全然拒んでいない。
 ハルトは清史郎の首に手を回しながら、何か話しかけており、清史郎の顔には笑みすら浮かんでいる。

 親密な二人を見て、智秋は雷に打たれたような衝撃を受けた。

(そうか。ハルトくん、兄ちゃんに似てるから…​…​)

 ちょうど誰の接客もしていなかった智秋は、従業員用トイレに駆け込んだ。
 鏡を見ながら「おちつけ、おちつけ」と呟き、深呼吸を繰り返す。
 それでも涙が滲んでくるから、慌てて水で顔を洗う。
 仕事中に泣いたりして、目を赤くできない。
 鏡に映るびしょびしょの顔は、まるで雨に濡れた小動物のようにみじめで、思わず笑いがこみ上げる。

(俺、清史郎さんを、好きなんだ)

 清史郎とハルトの抱擁を見て、ようやく本当の気持ちに気づくなんて、どれだけ鈍いのだろうか。

 春海の恋人だった彼を、好きになんて、なりたくなかった。
 好意を寄せられて、優しくされて。
 智秋が無視しても、困った顔をするだけで。

 だけど、いつの間にか、こんなにも、清史郎のことを、好きになってしまっていた。
  
 ハルトは春海に面差しが似ているし、春海以上の美男子だ。
 彼に迫られて、落ちない男はいない。
 きっと清史郎もハルトに心変わりしたに違いない。

「ははっ、なんだよ、心変わりって……俺、嫌ってたんだから、よかったじゃん」

 清史郎に好かれていると調子に乗っていた自分に気づいて、智秋は恥ずかしい。
 ますます涙が止まらなくて、智秋は服が濡れるのもかまわず、頭から水をかぶり続ける。

 気づいてしまった気持ちを全部洗い流して、なかったことにしたかった。

「あ、チアキ。こんなとこにいた……って、おまえ、何してんだよっ!」
「ハルトくん……」

 水浸しの智秋を見て、ハルトが声を荒げる。

「ちょっと待ってろ!」

 ハルトは備品棚からタオルを持ってきて、智秋の濡れた髪や顔を少し乱雑に拭いてくれた。

「なんで水かぶってんだよ。眠気覚ましか?」
「……そんなとこ」
「ばかか、おまえは。風邪ひいたらどうすんだよ」

 乱暴な口調だが、ハルトは優しい。

「……清史郎さん、放っておいて、いいの?」
「あの人はおまえの客だろ。チアキいないから、探しにきたんだぜ」
「ハルトくん……」

(ハルトくん、清史郎さんを、好きなの?)

「なんだ?」 
「……ううん。何でもない」

「そうだよ」と言われるのが怖くて、どうしても聞けなかった。

「やっぱ具合悪いみたいだから、少し休憩してから戻る。その間、ハルトくんに清史郎さんお願いしてもいい?」
「それはいいけど……おまえ、マジで大丈夫か?」
「うん。ほら、早く戻って」
「……少しでもいいから、清史郎さんに顔、見せろよ?」

 少々納得がいかない様子のハルトを、智秋は無理やりレストルームから追い出した。
 智秋は更衣室に逃げると、くたびれた古いパイプ椅子に座って、膝を抱えた。

(休憩でもないのに仕事さぼっちゃってる。後で時給から引いてもらわないと……)

 三十分程して、こっそり厨房から店を覗いてみる。
 清史郎の姿は店内に見当たらない。どうやら帰ったようだ。
 智秋は大きな安堵とかすかな失望で、ほうっとため息を吐いた。
 ハルトは他の常連客の接客中だ。
 智秋は何事もなかったように仕事に戻るが、その日は分かりやすいくらいにハルトを避けてしまった。





「おい、てめえ、どういうつもりだ」

 仕事が終わり、そそくさと帰ろうとしたら、智秋はハルトにロッカーを背に追い込まれて、壁ドンされた。
「ケンカするなよー」と誰かが言って帰っていくが、助けてはくれない。

「な、なんだよ!」
「俺のこと、あからさまに避けやがって、分かりやすいんだよ。清史郎さん、仕事途中で抜けて、おまえに会いに来てたんだぞ。なんでさっさと出てこねえんだよ!」

 清史郎の事情に精通しているハルトに、智秋は身勝手な嫉妬を覚えた。

「……ハルトくん、清史郎さんと、いつのまにそんなに仲良くなったの?」
「はあ?」

 智秋に嫉妬する権利はないのに、無意識にハルトを責めるような口調になってしまって、はっと口元を押さえる。
 
「な、なんでもない。どいてよ。帰るんだから!」
「チーアーキー。おまえ、俺が清史郎さんと親しくするの、やなんだ?」
「ち、ちがっ……」
「ふーん。あの人さ、おまえが休んでるの知らなくて、こないだ来たんだよね。その時、俺が相手したんだけど。俺、あの人のこと、好きになっちゃったみたい」

(だめ! 清史郎さんを、好きにならないで!)

「清史郎さんって、かっこいいし、金持ってるし。チアキ、あの人に興味ないんだよな? 俺、もらっちゃうけど、いい?」

 智秋は小さく俯いた。

「……ハルトくんには敵わないもん……」
「てめえ……、ふざけんな!」
 
 耳元付近での衝撃と激しい音に、智秋は驚いて首を竦めた。
 ハルトが背後のロッカーを殴ったのだ。
 目の前には、怒りに満ちた表情のハルトがいた。

「何様のつもりだ、チアキ。清史郎さんに好かれてるからって、調子に乗ってんじゃねえぞ。俺が本気になったらなあ、落とせない男はいないんだよ、分かるか? 俺があの人と付き合ってもいいっていうのか?」
「……そんなこと、言ったって……俺、ハルトくんみたいに、綺麗じゃ、ないし……チビだし……頭悪いし……」
「だから俺に譲るのか? おまえが不細工でチビでバカとか今更だろ。清史郎さんの気持ちをそんなことを理由に、ずっと無視し続けるつもりか?」
「俺だって、俺だって、どうしていいか、分からないんだよっ……!」

 ハルトははあっとため息をついて、「ちょっとコーヒーでも飲んで帰るべ」と言うと、智秋の肩を抱いて、無理やり外に連れ出した。
 智秋に逆らう気力はなく、引き摺られるように彼にふらふらとついていく。
 傍らのハルトからは、いつの間にか怒気は消えていた。



 店から近い、二十四時間営業のコーヒーショップ。
 ハルトと智秋は、店奥のテーブルに向かい合って座る。
 頼んだコーヒーから立ち上る湯気を、智秋はぼうっと見つめていた。

「清史郎さんがおまえが休んでる時に来店したのは本当。でも一回だけ。その時、俺が接客して仲良くなった。ほら、俺、誰とでもすぐ打ち解けるじゃん?」

 智秋はこくんと頷いた。
 ハルトは人懐こい。すぐに客とも親しくなるし、従業員とも仲がいい。
 ものすごく口は悪いのに優しいから、彼を悪く言う人はいないのだ。

「なんかさあ、話、聞いてほしそうだったんだよねえ」
「話……?」
「おまえのどこが好きだ、とか、そういう、まあ、恋バナ的な?」

 清史郎と恋バナ。
 全く紐付かない。

「チアキは、清史郎さんと、店以外でちゃんと話したこと、あるのか?」
「ううん……ない」
「一度でいいから、店以外で、あの人の話、ちゃんと聞いてやれよ。あんなかっけえ人が、なりふり構わず、一途におまえを思う姿に、正直、俺、胸を打たれてんだよ。チアキにしてみたら、兄貴の元カレっていう引っ掛かりはあるかもしれねえけど、あの人がおまえへの思いに嘘はないって、俺は思うけど?」

 清史郎は一体ハルトにどんな話をしたのだろうか。
 
(なんで、俺には言わないで、ハルトくんに言うんだよ!)

「ふふっ……おまえ、また俺に嫉妬してんのか? 可愛いな」
「……なんで分かんの?」
「不満げに唇とがらせてたら、誰でも分かるさ。チアキ、さっき勢いでディスって悪かった。前言撤回する。おまえはかなりキュートだぜ?」

 目の前で片手で頬杖をつくハルトは、穏やかに笑っている。
 温くなったコーヒーカップを両手で包んだ智秋は、思い切って尋ねた。

「あの、ハルトくん!」
「ん?」
「清史郎さんのこと、好きかもしれないけど、俺も、俺も、好きだから! その、正々堂々と……戦うっていうか……」

 なんとも間が抜けた宣戦布告だ。
 尻切れトンボになって迫力のかけらもない。

「ははっ……チアキ、マジで可愛いわ! なあ、清史郎さんじゃなくて、俺と付き合わねえ?」
「はあっ?」

 今度は智秋が驚く番だった。

「清史郎さんは嫌いじゃねえよ。でもただの客。恋愛感情なんてねえし。さっきのはおまえがあんまりはっきりしねえから、一芝居打ってみただけで、ここまで効果があるとはなあ」
「う、うそ……? 俺、てっきり……ハルトくん、清史郎さんを好きだと思って……」
「アカデミー賞もんの演技だった?」
「はあ……よかったあ……ハルトくんには絶対勝てないもの……」

 智秋ははあっと脱力して椅子の背もたれに寄りかかった。

「チアキ。もっと自分に自信もてよ」
「ハルトくん……」
「おまえ、自分が思ってるより、ずっといい男だ」
「……ん……ありがと……」
「じゃ、俺と付き合うか?」
「……それは、ご、ごめんなさい……」
「うわっ、俺がごめんなさいされるとかっ! ありえねえんだけど!」
「ほんと、ごめんっ」
「二度も謝るなっての、全く」

 そっぽを向くハルトの横顔は、ふくれっつらでもやはり綺麗なことには変わりがないのだ。

 
※ ※ ※
 

 翌日、智秋は春海にメールを送った。

【清史郎さんの連絡先を教えてください】

(兄ちゃんが気を悪くしたらどうしよう……。でも兄ちゃんしか聞く宛がないし……)

 ドキドキしながら待っていると、一時間後、春海から返事が届く。

【会議中でした。返事遅くなってごめんね】という前置きの後に、清史郎の連絡先が記載されていた。

 その後に続く文章に、智秋はぎょっとした。

【清史郎、今日めちゃくちゃ暗いんだけどー。智秋、イジワルしたでしょ?】

「な、なんだよ! これ」

【ぬれぎぬだ!】
【うそだー。智秋に嫌われたって凹んでたもーん】

「くそう……清史郎さん、兄ちゃんにちくるなよ……」

 昨日は挨拶もしないで逃げ回って、最悪の接客だった。
 智秋が百パーセント悪い。
 どう言い訳しようかと、返信内容に悩んでいると、続けて春海のメールが先に届く。

【智秋、今なら清史郎、メール見れるよ】

「……休憩中なのかな?」 

 智秋は慌てて文章を作って、ざっと眺める。

【突然メールすみません。メアドは兄ちゃんに教えてもらいました。昨日はせっかく来店してくださったのに失礼な態度を取ってすみませんでした。ちゃんと謝りたいので、お時間がある時に一度会っていただけませんか?】

「これでいいかな……えいっ」

 一呼吸置いて、送信ボタンを押した。

「うわっ!」

 メール送信後、すぐに手のひらでスマホが震えた。
 それが電話の方だったから、慌てて通話ボタンを押す。

「も、もしもし?」
『智秋くんか? 連絡ありがとう』

 清史郎の声だった。

「あ、あの、お仕事中にメールしてすみません」
『いや、大丈夫だ。さっそくだが、今日はどうだ?』
「えっ! 今日ですか?」
『……だめか?』
「あ、あの、夜は、仕事、あるから……」
「仕事は早く切り上げる。店が始まる前に、君に会いたいんだ」

 会いたい、という彼の言葉に、智秋の胸は切なく締め付けられた。

(俺も会いたい……)

 素直にそう思ったのだ。

 この後すぐに春海から貰ったメールには【清史郎、無事浮上。ありがとね】と書かれていた。



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Posted by麻斗結椛