溺愛しすぎるデスティニー 8-2

麻斗結椛

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※ ※ ※

 
 店が始まる二時間前、午後五時。
 待ち合わせに指定されたのは彼の会社の最寄り駅。
 ターミナル駅のコンコースは、平日でも人で混み合っている。
 
「智秋くん!」
 
 俯いていた智秋は、自分を呼ぶ声にはっと顔を上げた。

「……清史郎さん」
「待たせてすまない」

 彼は息を切らしていて、うっすらと汗をかいている。

「いいえ、俺も今来たばかりです」
「君に会いたくてたまらなかった……あ、すまない。こういうのが押し付けがましいのは分かっているんだが……つい」

(俺はこの人の何を、今まで見てきたんだろう)

 春海の恋人として智秋の目の前に現れた時から、彼は智秋に優しかった。
 それなのに、春海を大事にしていないと一方的に決めつけて、彼を詰ってばかりだった。清史郎と春海の交際に、智秋が口をはさむ権利なんてないのに。
 
(清史郎さんは、兄ちゃんをちゃんと愛していたのに……)

「ごめんなさい……」
「智秋くん?」
「俺、清史郎さんにも、兄ちゃんにも、酷いことばかり言った……ほんとうに、ほんとうに、ごめんなさい……」

 智秋はぐすんと涙ぐむ。

「ここは目立つから、少し歩こうか」

 優しく諭し、清史郎は智秋を駅から連れ出してくれた。

「駅の裏手に大きな公園がある。そこで話をしよう」

 智秋は黙って頷き、清史郎についていく。

 夕暮れの公園には、若者が目立つ。
 そこに清史郎のようにびしっとスーツをきた大人が現れたものだから、じろじろと不躾な視線を感じる。
 だが清史郎本人はちっとも気にしていない。

 ベンチが空いていなくて、腰の高さくらいの石垣を見つけて、そこに並んで腰を下ろした。
 しばらく二人で公園の風景を黙って眺めていた。
 清史郎がふっと笑う声がして、ぱっと彼を見た。
 こんなに穏やかな表情を浮かべる清史郎を、初めて見たような気がした。

「変な感じだ。君と、夕方、こんな場所でのんびりしているなんて」
「清史郎さん……」
「昨日、俺が店に入った途端、裏に引っ込んで出てこなかったから、とても心配していた。やはり体調がよくないのではないか? 無理して出勤するのはよくないぞ」
「ちがう、ちがうんです……俺、俺……」

 恋心と嫉妬と戸惑いと、いろんな感情が胸の中で渦巻いて、上手に説明できない。

「俺が足繁くあそこに通うのは、やはり君にとって迷惑かもしれないと最近思っていて……」
「そ、そんなことないです! うれしいです! 俺、昨日、本当は会いたかったんです」
「智秋くん……」

 清史郎の顔がじわりと赤くなる。

「君もなかなか嘘がうまくなったな……だがそういうのは感心しない」
「嘘じゃありません!」

 思わず叫んで、はっと口元を押さえた。
 周囲の視線がぱっとこちらに集中するのが分かった。
 喧嘩していると思われたかもしれない。

「大声出して、ごめんなさい」
「大丈夫だ。だが、俺は、君に少しは歓迎されていると思っていいってことか……?」

 誰もが振り返る美丈夫である清史郎が、初めての恋に戸惑っている少年のような照れ笑いを浮かべていて、智秋はきゅうっと胸が締め付けられた。

(こんな素敵な人が、どうして……)

「あの、あの、なんで、清史郎さんは、俺なんかを、好きなんですか? 俺のフェロモンが濃いから?」
「……まさか、そんなわけないだろう」

 心外だと言わんばかりに怖い顔をされてしまった。

「だったら、俺にもちゃんと教えてください。ハルトくんには話して、俺に話してくれないなんて……ずるい」
「彼に何を聞いた?」
「何も……ただ、清史郎さんの話をちゃんと聞いてやれって言われました……」
「そうか。俺は、君を好きだと、自分の気持ちを押し付けるばかりで、順序立てて説明さえしていなかったな。君を好きすぎるあまり、すぐに暴走してしまう」
「清史郎さんは悪くないです……。俺が、全然耳を貸さなかったから……」

 清史郎は智秋を見ること無く、前を見据えて、話を続けた。

「君に初めて会った時に、君が俺の運命の番だとすぐに分かった。運命の番など信じていなかったのにだ。本能が君を求めた。喉から手が出るほど君が欲しくてたまらなかった。だが同時に、これは何かの間違いだ、勘違いであってほしいとも願った。当時の君は、十三歳の少年で、そんな幼い君が欲しいなど、俺は性的にどこかおかしいのではないかと真剣に悩んだ。ましてや君は春海の弟だ。恋人の兄弟に恋慕することが、倫理的に望ましくないのは分かっていた。だから何年もの間、自問自答を繰り返していた」

 智秋は遠い記憶を手繰り寄せた。
 初対面のときの、清史郎の智秋への態度がどこかぎこちない映像が蘇ってくる。

「あの時、俺が清史郎さんに会いたいって兄ちゃんに言わなければ、こんなことにならなかったのかな……」
「春海に惹かれたのは、君の兄弟だったからだ」
「え……?」
「春海と君は、匂いが、似ている」
「それって……」
「春海の香りに惹かれた。だがそれは君の香りに似ているからだ」

 春海の香りが、智秋と清史郎を出会わせるきっかけというのか。
 智秋の瞳からほろりと涙がこぼれる。
 
「やっぱり、俺の存在が……兄ちゃんの恋を、壊したんだ……」
「違う。君は悪くない。悪いのは全て俺だ」
「兄ちゃんを番にしなかったのは、俺のせい?」
「半分は違うが、半分はそうとも言える。春海を心から愛しているからこそ、万が一欲望のまま噛み付いて、春海の一生を縛りたくなかった。俺と別れたとしても、春海ならすぐに誰かに見初められるだろうと。だが、君と出会ってからは……」
「俺を、好きだって、いつ、兄ちゃんに言ったの?」
「ちゃんと話したのは、大学三年の時だ。就職先まで春海は俺に合わせようとしてくれた。社会人になっても側にいて尽くしたいと言ってくれて。彼の思いが本当にうれしかった。だが一方でもうこれ以上彼を縛り付けてはいけないとも思った。だから正直に打ち明けた。君が運命の番だと」

 智秋が高校一年の頃の話だ。
 次第に春海が清史郎とノロケ話をしなくなった頃と重なるが、智秋は何も知らずに、彼らは順調に交際していると思っていた。
 
「あの時のことを思い出すと、今でも身を切られるほど辛くなる。なぜ運命の番が自分ではなく智秋なのだと、春海は泣き崩れた。だから、もう別れようって言った。これ以上あいつを苦しめたくなかった。だが春海が別れたくないと泣いて縋る。綺麗な顔を涙でぐじゃぐじゃにして。好きじゃなくてもいいから、側にいさせてほしいと……そんなに思ってくれる彼を俺の都合でどうして捨てられる?」
「その頃はもう、好きじゃなかったの?」
「いい加減だと思われるかもしれないが、俺の中には、春海と君を思う二つの領域があった。だが俺自身がその二心に堪えられなくなった。俺は春海と別れても、君とどうなりたいとか、考えたことがなかった。できれば君を忘れて楽になりたかった。縋る春海にほだされて、俺は春海とやり直すことを選んだ」

 弟を好きだという男に泣いて縋って、どんな気持ちで尽くしたのか。
 春海から嫉妬や憎悪を感じたことは一度もない。
 それどころか春海はいつもたくさんの愛情を智秋に注いでくれた。

「春海と言い合いになったのはその一回だけ。それから何事もなかったように俺たちは公私ともに時を過ごした。君への思いはいつも心にあったが、春海とこのまま共に一生を過ごしてもいいかもしれないと思い始めた頃だったかな。春海が『智秋が発情期を迎えたよ』と教えてくれて……『智秋に会ってみない?』と言い出したんだ」
「兄ちゃんが…​…​?」
「賭けだったのかもしれないな。成長した君を見て、俺がどういう反応を示すのかを、知りたかったんだろう」

 それが智秋の進学祝いの席だったのだ。

「久しぶりに会った君は、記憶の中の君より、とても大人になっていて驚いた」
「……あんまり変わっていないと思うけど」
「いや。とても綺麗になったよ。胸がときめいた」
「ちょ、ちょっと! こんな真面目な話のときに、冗談とか!」

 褒められ慣れていない智秋は、あわてふためく。

「出会った頃は、可愛い少年だったのに、発情期が君に艶を与えたんだろう。匂い立つ美少年になっていて、とてもじゃないが近寄れなかった。だからあの日は君に罵倒されて、帰るきっかけが出来て、内心ありがたかったんだ」 
「あの……清史郎さんって、視力、悪かったりする?」
「いや? 両目とも2.0だ。将来老眼になるのはきっと早いだろうが、今はまったく問題ない」
「そうなんだ……」

 どうやら真剣に智秋の外見を褒めてくれているらしい。

「あのフレンチレストラン、清史郎さんが予約してくれたって」
「ああ。春海が高級な店がいいと言ってたからな」
「兄ちゃんは、復縁してからも、俺の話を、清史郎さんにしてたの?」
「彼の話に君の話題がよく出てきたよ。春海は君が本当に大事なんだね。敏い彼のことだから、俺が君をひそかに思い続けていることにもずっと気づいていたと思う。君の合格祝いの直後だった。春海から別れを切り出された」
「清史郎さんは、兄ちゃんと別れたくなかった?」
「そうだな。どちらかというと驚きが強かった。どこかで慢心していたんだ。春海は俺と共にいてくれると。だが春海は言ったんだ。『好きすぎて疲れた。別れて楽になりたい』と。だがそれは俺に負担をかけずに別れる優しい言い訳だと、ちゃんとわかってるんだ」
「うん……うん……そうだね」

 春海は、超が付くほどのお人好しだ。
 大好きな清史郎と別れるのは、半身を失う辛さだ。
 なのに何も分かっていない智秋は、傷心の春海を更に傷つけてしまったのだ。

「清史郎さんと兄ちゃんがちゃんと愛し合ってたんだって、納得できました。俺、ずっと清史郎さんの兄ちゃんへの気持ち、疑ってたけど、間違いでした。本当にごめんなさい」
「君も春海も、とても優しい人だ。君が春海を心配しているのは、ちゃんとわかっているよ」
「清史郎さん……」
 
(よし! 今度は俺の番だ! 俺から告るぞ!)
 
「あ、あの!」
「さて、そろそろ行くか」
「え?」
「君、この後、仕事だろう。もう行かなければ遅刻するぞ」

 思いの丈を吐き出したせいで、清史郎は迷いのない、すっきりした顔つきだ。

(自分ばっかり!)

「お話があるんです!」
「何の件だ? 早く言いなさい。時間がない」
「好きです!」

 急かされて、大事な告白が、超短文になってしまった。
 当然伝わらず「何が好きなんだ?」と真面目に聞き返されてしまう。

「何がって……」

 本当に分かっていないらしく、真顔で問われて、智秋は途方に暮れる。
 だが、清史郎は晒したくないはずの自分の気持ちを、正直に吐露してくれた。
 智秋もここは踏ん張りどころだ。

「俺は、清史郎さんを、好きなんです!」

 智秋は滑舌よく、ゆっくりと、告白した。
 聞き返されるのは、ごめんだ。

 清史郎はフリーズした後、「……そんなことしなくても、同伴するから大丈夫だぞ」と言い、(どんだけ、俺、信用されてないんだよ!)と智秋は内心ツッコんでしまった。

「そんなこと頼みませんってば! 本当に、真面目に、清史郎さんが好きなんです!」

 どうしても告白を信用してもらえない。
 しかし、これは今まで散々彼の気持ちを無視してきた、智秋への罰だ。

「俺は君に嫌われているはず……」
「確かに嫌いだと何度も言いました。それは謝ります。ごめんなさい。でも、好きなんです。どうしたら信じてもらえますか?」
「それではきくが、どうして、俺を好きになった?」
「ええ! それ、今、聞くんですか!」
「俺には君の兄さんを振った前科がある。ずっとそれが理由で君に嫌われていた。だから君に好かれる要素が自分に見つけられない」
 
 清史郎に信じてもらうために、今度は智秋が正直に打ち明ける番なのだ。

「……やきもち、妬いたんです」
「誰にだ?」
「ハルトくん」
「なぜ彼に?」

 清史郎は真剣に理由が分からない様子だ。

(ああ、俺に好かれるって、本当に考えてなかったんだな……)

 智秋は清史郎がかわいそうになってしまう。

「ハルトくんが清史郎さんとすごく仲良くなってて、びっくりしました。ハルトくんが抱きついても、清史郎さん、何も言わないし。優しい顔して話してるし……」
「君が店を休んでいるのを知らずに店に立ち寄った時、彼が俺の話相手をしてくれた。なかなか話の分かる男だから親しくはなったが、俺が君以外に心惹かれることはない。抱きつかれても何も思わなくてそのまま好きなようにさせてしまった。君を不快にさせてすまない」
「……ハルトくんが清史郎さんに抱きついているのを見た時、すっごくショックでした。ハルトくんって兄ちゃんに似てるでしょう? やっぱり綺麗な人がいいのかなって。二人、お似合いだなって。その時『ああ、俺、清史郎さんを好きなんだ』って、すとんと納得したんです。俺、うぬぼれてました。清史郎さんが好きって言ってくれることに、いい気になっててて。ハルトくんにも指摘されました」

 智秋は清史郎を見つめた。清史郎も智秋を見ている。

「兄ちゃんを裏切るようで、すごく、すごく、辛いです」
「君は悪くない。諸悪の根源は俺だ」
「だけど、清史郎さんが俺じゃない誰かと……って思うと、胸が苦しい。これって、好き……恋、ですよね?」

 次の瞬間、智秋は清史郎の腕の中にいた。

「清史郎さんっ? ここ、外! みんな、見てるっ」

 少しずつ夜の帳が下りる公園。
 外灯が灯る中、智秋は清史郎にきつく抱き締められて、だれかが飛ばす冷やかしのやじが耳をかすめた。

「外野なんて関係ない。これは……夢じゃないよな? 君に好かれるなんて、絶対ありえないと思ってたから……信じられなくて。君を口説くと言いながら、見ているだけで胸がいっぱいになって、結局何も言えなかったのに……俺は恋愛が本当に下手なんだ」
「だけど、清史郎さんに見られてるだけで、俺、ドキドキしましたよ」
「君は可愛いだけでなく、魔性でもあるのか……困った子だ……どうしてくれよう」
「俺を可愛いなんて言うのは、清史郎さんと、兄ちゃんだけですよ。あ、ハルトくんもか」
 
 智秋は清史郎に抱きしめられたまま、くすっと笑った。

「ハルト?」
「いつも俺をそう言ってからかうんです」
「彼はもしかして君を好きなんじゃ……」
「まさかあ」

 智秋は笑い飛ばした。

「智秋くん。はっきりさせておきたいことがあるのだが」
「なんですか?」
「その……俺の、恋人になってくれるか?」
「え!」

 智秋は清史郎に告白したその先のことまで正直頭が回っていなかった。

(うわ、俺、交際を申し込まれてる!)

「あ、えっと、うん、こんな俺でよかったら、その、清史郎さんの恋人にしてください……」

 抱擁はまだ解けず、清史郎の顔は見えない。
 だけどそのかわりにぐっと上がった彼の体温が雄弁に彼の感情を物語っていた。



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Posted by麻斗結椛