天使の翼 04

麻斗結椛

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※ ※ ※


 翌年、兄貴は高校入学を前に、実家を出た。
 県外の工業高校に進学したので、親戚の家から通うためだ。
 聖人はぱたりと来なくなって、俺はすごく寂しかった。
 本当は少しだけ期待していたんだ。
 兄貴がいなくても、俺に会いに来てくれると。
 だけど、聖人が好きなのは兄貴で、俺はおまけに過ぎないんだと思い知らされた。

 小学五年生の夏休み。
 兄貴が盆に合わせて帰省した当日、聖人がうちに来た。

 八ヶ月ぶりに会う聖人を見て、俺は息を飲んだ。

 以前よりももっと可愛くなって、儚げで。
 襟足を隠すほど、伸びた髪。
 ちゃんと食べてるのか心配になるほど華奢な身体。
 大きな麦わら帽子をかぶった姿は、どう見ても女の子にしか見えない。

 でも俺はガキだから。

「あー、聖人。女みてえ!」

 そんな風にからかうことしか、出来なくて。

 再会した兄貴と聖人は、あっという間に二人の世界に入ってしまう。
 俺はいつものごとく、置いてきぼり。

 これが俺が聖人に会った最後だ。


 ※ ※ ※



 この年の秋、ある日のことだった。
 朝から両親が深刻な顔つきで、そわそわと出かける準備をしている。

 なんかあったんかな?

「健。お父さんとお母さん、ちょっと出てくるからお留守番しといてくれる?」
「いいよー。いってらー」

 やった! ゲームし放題じゃん!
 そんな呑気なことを考えながら、俺は両親を見送った。

 それから半日後。すでに夕方。
 昼におふくろが作ってくれた弁当を食べてから何も食べていないので、そろそろ空腹を感じていた頃。
 両親だけ帰ってきたと思ったら、兄貴と、兄貴が世話になっている誠伯父さん、この四人で帰ってきたんだ。

「おかえりー、母ちゃん、お腹すいたー。あれ、兄ちゃん、帰ってきてたの?」

 親父と兄貴の近くには迂闊に近寄れない剣呑とした空気が発せられていて。
 誠伯父さんは怒ってはいないけど、本当に困ったといわんばかりに眉根をひそめていた。
 唯一おふくろだけが冷静に見えた。
 健、こっちおいでと、無理やりキッチンに連れて行かれた。

「夕飯前だからほんとはダメだけど、今日は特別だよ。ここで食べて待ってなさい。いいね?」

 おふくろは俺にポテチの袋を渡すと、すぐに居間に戻っていった。

 突然、親父の怒声が家中の空気を震わせた。
 言い返す兄貴の声。
 二人を宥めるおふくろと誠伯父さんの声。

 子どもの俺は聞いちゃいけない話なんだ。
 だからおふくろは俺をキッチンに避難させた。
 だけど気になる。ものすごく。
 俺は足音をしのばせて居間に戻った。

 襖を少し開けて中を覗き見ようとした、その時だった。

「てめぇ! ぶっ殺してやる!」
 
 親父が兄貴をぶん殴った。

 ふざけんなと叫ぶ親父の声は少し涙ぐんでいて。
 兄貴だって本当は反撃できるはずなのに、黙って殴られていて。

 夜な夜な遊び歩いていた中学の頃さえ、親父は兄貴に手を出すことはなかったのに。

 だからこそ、強烈すぎる光景は、今でもしっかり俺の脳裏に刻み込まれている。
 
 兄貴は一体何をしでかしたんだ?
 
 後でおふくろが教えてくれた。

「瑠璃ちゃんが妊娠したの。父親は伊織。それで向こうの家に謝りに行ったんよ」

 おふくろは小学生の俺にもごまかすことなく、真実を教えてくれた。
 兄貴の彼女が、兄貴の子どもを妊娠したから、結婚する。
 子どもだけど、これくらいの常識は理解できた。

「兄貴、その女の子と結婚するのか?」
「まだわからない。瑠璃ちゃんのお父さんはすごく反対してるし。でもどっちにしてもうちは責任とらないと…​…​」

 翌年、瑠璃ちゃんは女の赤ちゃんを産んだ。
 それが澄玲。
 俺は小学六年生にして、叔父さんになった。
 
 瑠璃ちゃんは高校中退したけど、兄貴は家族を養うためにそのまま学生を続けた。
 兄貴と瑠璃ちゃんは、兄貴の高校卒業を待って入籍することが決まっていた。



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Posted by麻斗結椛