天使の翼 06

麻斗結椛

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 高校二年生の三学期。
 土曜日の放課後。
 この日、野球部の練習が終わって超速攻で着替えた俺は、部員の誰よりも先に部室を飛び出した。
 脇目もふらず焦っていたから、ちっとも気付かなかったんだ。

「健!」
「麻里奈?​」

 俺を呼び止める声に振り返ると、今カノの麻里奈がいた。
 付き合って二ヶ月。   
 イマドキの派手な女子高生で、かなり可愛い。
 元カノの友達だったこいつから、告ってきた。
 嫌いじゃなかったから、即OKして付き合うことにしたのが馴れ初め。

「無視して通り過ぎるなんて、ひどい!」
「そういうわけじゃ」

 無意識に足踏みしてしまう。
 悪いけど、今日は余裕がない。
 なぜかって?
 昨日兄貴が俺に言ったんだ。

 明日、聖人を連れてくるって。

 そうなった経緯や仔細は教えてくれなかったけど、そんな瑣末なことはどうでもよかった。
 俺はただ、大好きだった聖人に八年ぶりに会えることに、ものすごく浮足立っていたんだ。

「今から遊びに行かない?」
「そんな約束してないよな?」

 せっかく一番に部室を出たのに、その後のろのろと出てきた部員らに追い越される。
 追い越しざまに「あんまり見せつけるなよー」なんて野次られる始末だ。

 くそー、なんなんだよ!
 一秒でも早く帰りたいのに!

「約束しないで待ってたらダメなの?」
「そんなことないけど、俺、この後、用事あるから今日遊ぶのムリ」
「え、なにそれ、麻里奈、聞いてないし」

 麻里奈の顔が般若みたいに険しくなる。
 同時に声が低くなった。
 地雷を踏んだらしい。

「誰に会うの? 女? もしかして浮気してるの?」

 うっざ。女子って、すぐこういうこと言い出すよな。
 なんだよ、浮気って。俺、そんなことしたことないじゃん。
 自慢じゃないけど、いや、自慢していいよな。
 俺は絶対に浮気しない。
 付き合っている子がいる間は、告られても全て断っている。
 でも言い返せば、相手のいいなりになりがちでもあって。
 そのせいで歴代のカノジョたちは最初は優しいのに、だんだん図に乗って、わがままが激しくなる傾向がある。
 麻里奈も確実に同じ道を辿っていた。
 俺の対応に問題があるのかな?

 内緒だけど、正直、最近、カノジョとか、超めんどくさい。
 ダチに「自慢してんのかよ!」って妬まれるから、絶対に口にしないけどさ。

 女の子は普通に好きだし、エッチだってできればしたい。
 だからといって、相手は誰でもいいわけじゃなくて。
 
 それなのに、だんだんときつくなる束縛がかなりしんどい。
 好いてくれてるのはうれしいけど、もう少し放し飼いにしてくれてもいいのになあ。

 それでも俺は女の子と言い争うのは嫌いだ。
 麻里奈の機嫌を損ねないよう、わざとあっけらかんと言い訳する。

「ちげえって。家に知り合いが来るの。会うの、相当久しぶりだから早く会いたいんだよ」 
「顔だけ見せて、すぐ出てくればいいじゃん。あたし、健と遊びたいのっ! 健は知り合いとあたしとどっちが大事なの?」
「麻里奈さあ」
「なんでそんな嫌そうにため息つくの? あたしのこと、嫌いなの?」

 俺はどうやらため息を吐いていたらしい。気づかなかった。
 でもしょうがないじゃないか。
 麻里奈は自分を優先しろといつも言うけど、そんなこと現実問題、無理に決まってる。
 参考までにと友人に意見を聞くと「えー、可愛いわがままじゃん。それくらい聞いてやれよ」と、異口同音の意見がほとんどだ。
 多数決がまかり通る世の中。
 俺は少数意見で、だから間違っているのは、俺。
 
 彼女のわがままを可愛いと思えない俺は、冷血人間なんだろう。
 
 まあ、いいや。これでフラレても、仕方がない。
 冷たい人間だからこそ、切り替えも早い。
 カノジョという縛りから解き放たれるチャンスだと前向きに捉えよう。

 ごめんごめん、と軽く謝って、不機嫌な麻里奈を放置して、自転車で家路についた。

 ここで十分の時間ロス! 取り返せねば!

 通常三十分かかる通学時間を、なんと二十二分で到着するという荒業を俺は成し遂げたんだ。

 我が家に到着した。
 息せき切ったまま、自転車を乱暴に庭に停めて、玄関ドアを開けた。

「ただいま!」

 たたきに見つけた、見知らぬ靴。
 昔は白のズックだったのに、今そこにあるのはお洒落なアンクルブーツだ。

 にぎやかな気配が居間から伝わってくる。
 高ぶる気持ちを押さえられない。
 どたどたと廊下を歩いて、居間の襖を開けた。

「健くん!」

 そこに、聖人が、いた。



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Posted by麻斗結椛