I wish for 03

麻斗結椛

-
 ※ ※ ※



 夜の住宅街。歩道のない細い道。
 時折車や自転車とすれ違うだけだ。
 夜の静寂に聖人と伊織のアスファルトを踏みしめる音が響く。

「なあ、手、つながね?」
「え?」 

 突然の申し出に驚いている聖人の手を、有無を言わさず伊織は握った。
 冷え切った指先に、少し汗ばんだぬくもりがじわりと滲んで、温かい。

「周りに誰もいないから心配すんなって。それより、おまえ、手、めちゃくちゃ冷たいじゃん。いつもしているてぶくろはどうしたんだよ」
「今日車だったから、家に置いてきて……」
「……わりい。俺が酒、飲んだから」
「ち、ちがうって! 持ち歩いてない僕が悪いの!」

 伊織がらしくなくしゅんと落ち込むので、聖人は慌てて否定した。
 伊織は聖人の手を握ったまま、自分の上着のポケットに押し込んだ。

「本当は両方を握ってやりたいけど……反対のは自分のポケットにいれとけよ」
「……うん」

 二人は先程よりも密着して、歩き始めた。

「伊織くん」
「ん?」
「今日は……僕の我儘を聞き入れてくれて、本当にありがとね」

 伊織は黙ったままだ。
 だが機嫌を損ねた空気は感じられないので、聖人はそのまま続けた。

「もう、僕、大丈夫だから」

 東京に旅立つ和也を直に見送ることで、聖人は彼への執着を断ち切ろうとした。
 それが伊織にとって酷な仕打ちだと分かっていても、そうせずにはいられなかったのだ。
 一人で行くつもりだった。
 だが伊織は車で空港に送ってくれたうえに、聖人と和也の別離の瞬間を見せつける形になってしまった。
 きっと嫌な思いをさせただろう。
 なのに文句の一つも言わない。
 聖人は伊織に甘やかされている。
 それを嬉しく思う半面、優しさに漬け込んでいる身勝手さが申し訳ない。

「気にすんなって」

 気負いなく、伊織が呟いた。

「伊織くん……」
「俺のほうこそ、無理やりくっついていって、悪かったな」
「ううん、そんなことない」
「万が一だけど、おまえが広瀬さんと元サヤになったらって思ったら……ははっ、すげえ、かっこわりいけど見張ってただけだし」
「かっこ悪くない。伊織くんはすごくかっこいいもん」
「おう、ありがとな」

 聖人は伊織を見上げた。視線が重なる。
 この人をもう二度と不安にさせたくない。
 ポケットの中で繋ぐ指先に、聖人はぎゅうっと力を込めると、伊織が眉を顰めた。
 
「可愛い顔すんな、ばか」
「なんで? ただ見ただけなのに、ひどいよ」
「抑えがきかなくなる」
「我慢しなくてもいいのに」
「てめえ、確信犯か?」

 ぎっと睨まれても、全然怖くない。
 恋人になって以来、二人が身体を繋げたのは一度きりだ。
 澄玲と寝室が同じことと、聖人の平日の帰宅時間が遅いのもあって、なかなかそういう機会に恵まれないでいる。
 伊織が一日千秋の思いで今日を迎えたことは、ちゃんと分かっているのだ。

「煽ってるのは伊織くんのほうだよ」

 聖人はさくらんぼのように赤く、ぷっくりした唇を尖らせた。
 本人に自覚はなくとも、その様子は昔と変わらず、成人男性には見えない愛らしさだ。

 伊織と繋がりたい。
 心も身体も。
 聖人だって、伊織が発する男の色気にあてられてるのだ。
 
「もう、俺のバカ。なんで酒飲んだんだろ。ちきしょう。おい。聖人、走ろう。やっぱ早く家に帰りたい!」
「ええ?」
「ほら、行くぞ!」

 繋いだ手はそのまま。
 伊織が駆け出して、引きづられるように聖人も走り出す。
 速る足音が静かな住宅街に静かにこだました。



ランキングサイトに参加しています。
クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
拍手をいただけると大変嬉しいです。




関連記事
Posted by麻斗結椛