なんて幸せな、ニューイヤーズ・イブ 2

麻斗結椛

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 センセイはきっと他の誰かと……。

 はっ! いけない。また妄想で落ち込んでた!

 最近の僕は、贅沢すぎるんだ。
 憧れの広瀬センセイに告白して以来、恋人にはなれないけど、こうやって僕にかまってくれる。それでよしとしないと。

 ――俺を諦めないでくれ。

 センセイは、そう言って、僕が好きでいることを許してくれたんだ。





 テレビには、年末恒例の公共放送で催される歌合戦番組の映像が映し出されている。
 おじいちゃんとおばあちゃんは、毎年欠かさずこれを見てるんだ。
 小さい頃からおばあちゃんたちと過ごしてきた大晦日。
 だけど、十七歳にして初めて、家族以外の人と過ごすなんて、夢みたい。
 それも僕の好きな人と……。





 テーブルに置いたコンロの上に土鍋が鎮座して、美味しそうな湯気をあげている。
 その湯気の向こうに、センセイがいる。
 ここで一緒にご飯を食べるのは初めてじゃない。
 でもいつも思っている。
 次はもうないかもしれない。今日が最後かなって。 

「カニ、全部中身出したぞ。ほら、たくさん食べなさい」
「は、はい」 

 カニの身を上手に出せない僕を見かねて、センセイが全部してくれたんだ。
 うー、恥ずかしい。
 一応美術部だから、手先は器用なはずなのになあ。
 向かいのセンセイは「うま」と言いながら、カニを食べていた。
 僕も食べよう。
 箸で掴んで、口に含む。

「すっごいおいしい……カニカマと全然違う……」

 僕の本音の感想に、センセイがぶっと吹いた。

「おいおい、なんだ、その食レポ」
「あ、ご、ごめんなさい。つい」
「いいよ、橘らしい。ほのぼのして、癒される」
「癒やし……ですか?」 

 まだ鍋に具材は残っているけど、センセイは箸は止まって、酒が進んでいた。
 さっきからずっと、熱燗を飲んでいる。
 頬杖をついた、少し行儀悪いポーズ。
 でもセンセイだとちっとも下品じゃない。
 酔っているのか、目元が少しだけ赤くて……色っぽい。

「おまえといるとさ」
「僕と……いると……なんですか?」

 その先を思わず促してしまった。
 何を言われるのかと、ドキドキしてたまらないのに。

「だれかを愛おしむって、こんなに胸が暖かくなるものなのかって、つくづく思い知らされるよ。居心地悪くてくすぐったいけど、いやじゃないんだよなあ……」

 僕に、と言うより、独り言に近くて、僕はなんて返事をしていいのか、分からなかった。

「俺は、おまえが、かわいいよ、橘」
「センセイ……」

 愛玩動物を愛でるような気持ちだろう。
 それでもセンセイが僕を愛おしい、かわいいと思ってくれている。
 恋愛の好きじゃなくても、センセイからのほんの僅かな好意がもらえることが、貴重なんだ。

「顔が赤いぞ。部屋、暑いか?」

 エアコンが効いているうえに、鍋をしている。
 部屋はかなり湿り気を帯びた暖かさが充満していた。
 プラス、うれしさのあまり心拍数があがったせいも、あるかもしれない。

 センセイはエアコンのスイッチを切ると、向かいから、僕の隣に移動してきた。

 え、え、どうしたの?

 おろおろしていると、センセイが「橘、お酌して?」とおちょこを出してきた。

「お酌?」
「したことあるか?」
「ありません……」

 おじいちゃんはたまに焼酎を飲むけど、自分で作るし。

「じゃあ、して」

 センセイの口調が少しだけ舌っ足らずだ。かわいいな。

「わかりました」

 徳利に触れる。少し熱い。でもやけどするほどじゃない。
 零さないように、慎重に注ぐ。
 小さい器だから、すぐに満杯になる。
 センセイは僕の目を見ながら、おちょこに口をつけた。
 くいっと飲み干す。
 喉仏の動きがすごく色っぽくて、ただただ、ぼうっと見つめてしまう。
 センセイって、やっぱり大人の男の人なんだ。
 色っぽくて、かっこよくて。
 そんなセンセイに、入学式で、一目惚れしてから、もう僕にはセンセイしか、見えていないんだ。

 だけど、センセイは違う。分かってる。
 男子高校生に好かれているのが、物珍しいだけ。

 僕が大人なら、一緒にお酒飲んで、楽しい会話が出来るかもしれない。
 だけど、十七歳の僕には、お酌することしか出来ない。

「ほれ」

 センセイが、同じサイズの器を僕に寄こしてきた。

「え?」
「おまえも飲んでみろ」
「だ、だめですよ!」
「いいから」
「センセイ、教師のくせに、不謹慎すぎます!」
「学校じゃないし、誰も見てないんだ。俺が許す。ちょっと口つけるだけでいいから、な。頼むよ」

 センセイに頼まれて、断れるはずないじゃないか。
 お酒なんて、甘酒しか飲んだことない。でも。
 よし! 飲んでやる!
 僕は腹をくくった。

「じゃあ、ちょっとだけ」
「そうこなくちゃ。はい、どうぞ」

 おちょこを渡されて、今度はセンセイが僕にお酌してくれた。
 緊張で手が震える。
 小さな器に、とろりとしたお酒が注がれていく。
 こぼさないようにと、おそるおそる口元に寄せた。
 嗅ぎなれていない独特の香り。
 嫌いじゃないけど、匂いだけで酔ってしまいそう。

 こわごわと、ほんの少し、ちゅっと吸ってみた。
 あ。甘くて、おいしいかも。
 でも次の瞬間、口の中がかっと燃えるようにしびれて、思わず「うわ」と変な声を出してしまった。

 するとセンセイが慌てて「わ、冗談がすぎた。子どもに飲まえせちゃいけなかったな」と言うので、かちんときた。

「……な」
「え?」
「僕を子ども扱いするな!」

 おちょこに残っていたお酒を、僕は一気に飲み干した。




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Posted by麻斗結椛