Dear my devil 第1話(03)

麻斗結椛

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 昼前のオフィス街。
 ビル清掃の仕事が終わった真桜は、疲れた身体で家路につこうとバス停に向かって歩いている。

(今日はコンビニのシフト入ってなかったんだっけ……夕方からの居酒屋のバイトの前に、ちょっとだけ家で眠って、家事して、それから保育園お迎え行って……ああ、ほんと、マジで疲れた)

 いつも頭の中は次の行動の段取りでいっぱいだ。
 自分でも頑張りすぎているのは分かっている。
 でも兄弟の前では絶対に弱音は吐きたくない。
 嘘でも明るく振る舞えばなんとかなるような気がするからだ。

(三才の百日が小学校に入れば、保育園への送迎がなくなって、少しは楽になるのかな。あと四年。俺、その時二十一歳か)

 真桜は自分がどんな大人になった姿を全く想像できない。
 ただ言えるのは、きっと自分は現状と変わっていないだろうということ。
 いつまでもバイトで食いつなぐのは限界がある。
 去年一年間板金工として働いて、少しは身につけた職人技を生かして再就職したいものの、就活する時間的余裕がない。

(いつまでこんな生活が続くのかな……ああ。だめだ。思考がが堕ちるほうにループして……やばい……)

「ねえ、君。チョット待っててば」

 背後から強い力で肩を掴まれ、無理やり振り向かされると同時に、真桜は本能的にその手を乱暴に振り払った。

「てめえ、馴れ馴れしく触んな!」
「あー、やっぱりそうだ。俺の目に狂いはなかったなあ」

 落ち込んでいた真桜は機嫌が相当悪い。
 思いっきり睨みつけたものの、声をかけてきた男は真桜の怒りをさらっとスルーして、愛想笑いを浮かべて話しかけてくる。

「俺とすれちがったの分かる? さっきそこで。で、君があんまりに可愛いから追いかけてきたんだけど。ね、ちょっとでいいから、話出来ない?」

 真桜はこういうシチュエーションには慣れている。
 いわゆるナンパだ。それも相手は百パーセント男性だ。
 つい何日か前も、居酒屋のバイトの帰り、待ち伏せしていた常連客(男)から花束ともに愛の告白を頂いた。相手は真桜を女性と思っていたらしく、自分は男なのでお付き合いできませんと丁重に断ったら、相手は衝撃を受けていたものの「男でも……」とぐずぐずしていた。真桜は知ったことかとさっさとその場を後にしたのだが。
 原因は真桜の容姿。良く言えば中性的、悪意をもって例えると、女みたいななよなよした風貌なのだ。
 かろうじて背は百七十センチはあるものの、痩せの大食いなのにちっとも太らない体質で、ほっそりと華奢な体躯が恨めしい。
 その上、柔らかい黒髪、色白の肌、大きな瞳、小さい唇と、世の中のすべての女性が羨むであろう美しいパーツを持っている。
 他人から可愛いだの儚いだの称されて、男としては甚だ屈辱的な思いをずっとしている。
 小学生までは「女みたいだ」とからかわれようものなら、相手がどんなに体格がいい男子でも、果敢に飛びかかっていた。
 見た目の可憐さを裏切る手の速さと気性の荒さに、男子はみな度肝を抜かれてしまう。
 何度も身体を張った甲斐あって、中学校に入る頃には同級生で真桜をからかう輩はいなくなっていた。
 だが社会に出てしまえば、元の木阿弥で。
 弱々しく見える真桜は、悔しい思いをたくさんしてきた。
 それでも社会人になった今、暴力のリスクを判断できる分別は既に持ち合わせているから、子どもの時のように乱暴はしない。
 ならば出来るだけ男らしく見えるようにと、Tシャツにジーンズと、疑いのない男の小汚いファッションに身を包む。
 だが失敗したのは、お金を節約しようと散髪を何ヶ月もサボっているうちに伸びきって、結んでごまかしていたことだ。
 自分でも(今の俺ってやっぱ女にしか見えないよな)としみじみ情けない。
 そんなこんなで、ナンパや告白を適当にあしらうスキルは習得済みだ。

『あー、俺、男なんすよ。ほんと無理だから。いろいろと』
 
 相手が口を挟む前にわざと乱暴な言葉使いで、精一杯の男アピールをする。
 そうするとたいていのナンパ男は、女と思っていた真桜の態度の悪さに驚いて、きまり悪そうに立ち去ってしまうのだ。
 だが今回はこの方式では撃退できなかった。

「そんなの最初から分かってるって。すれ違った時からなんて綺麗な男の子なんだろうって思って、必死に追いかけて声かけたんだから。でね、今、街で見つけたイケメンくんにインタビューするっていう企画で、いろいろあちこちで声かけてるんだけど、君みたいにとびきり可愛い子は初めて見たよ」

 男はどうやらスカウトマンらしい。
 真桜を男と分かって声をかけてきたことに内心驚いたが、「なんかよく分からないけど、俺、ぜんぜん興味ないから」とさっさと歩き出した真桜に、男は歩調を合わせて猫撫声で語りかけてくる。

『全然面倒なことじゃないんだ。ちょっとしたインタビューに答えるだけでいいんだよ。みんな興味あると思うんだよね。君みたいなアイドルばりに可愛い男子が普段どんな生活してるのかなーって。これを機会に芸能界にデビューできるかもしれないし。君、これだけ可愛いんだ。絶対売れるって。ね、興味ない? 芸能界」
「全く」
「そうなんだ。じゃあせめてインタビューだけさせてくれないか? 時間は全然とらせないよ。一時間で二万円。ちょっとしたアルバイト感覚で。ぜひ、お願い! この通り』

 ずんずん歩いていた真桜の足がぴたりと止まった。

「一時間で二万って……ほんとにそんなにくれんの?」
「うんうん。他のコは一万なんだけど、君は特別だ」

(一日頑張っても稼げない金額が、たった一時間でもらえるなんて……) 

 ついさっき見えない将来を悲観していた真桜は、手っ取り早く金を稼ぐ誘惑にころりと負けてしまう。
 甘い言葉に裏があることには、気づかないフリをした。
 男が差し出した名刺を、真桜はゆっくりと受け取った。

「この名刺の事務所ってすぐそこだろ? 今から来るよね?」

 男は真桜が断るだなんて一ミリも思っていないのだ。
 さきほどまでの強気が嘘のように、真桜は小さく何度も頷いていた。




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Posted by麻斗結椛