Dear my devil 第1話(04)

麻斗結椛

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「まおちゃん」
「は、はい!」
「準備できたから、こっち、来てくれる?」

 馴れ馴れしい声かけに、真桜は物思いからはっと我に返ると、隣の部屋から男が真桜を呼ぶ姿が見えた。
 ほんの僅かに、威圧的な雰囲気を感じ取ったような気がしたが、気が急いていた真桜は深く考えず慌てて立ち上がり、言われるがままにおずおずと隣室に足を踏み入れる。
 整理整頓されていないリビングとは打って変わって、隣室は 思いの外きちんと片付いていた。
 ぱっと視界に入ったのは、かなり大きめのベッド。
 それも大人が二人並んで寝転がっても余裕がありそうな。
 この部屋は事務所兼石倉の住居なのかもしれない。
 それでもただの寝室ではないことは、ビデオカメラなどの機材が設置してある様子から見て取れた。

「まおちゃん、そこ、ベッドに腰掛けて」

 石倉の指示に真桜は逆らわず、おずおずとベッドの端に座ると、石倉が真桜の右側に座ったせいで、そちらに身体が少し傾く。
 同性でも見知らぬ相手と密室で至近距離にいるのは妙に居心地が悪く、無意識に左側に身体を移動させようとしたら「まだカメラ回してないんだけどね」と石倉は言いながら、腕を掴んだ。
 真桜の腕を湿った手のひらの感触が気持ち悪い。
 にやにや笑う石倉の歪んだ笑顔も然りだ。 
 
「名前、どうしようかなって思ってるんだけど」
「な、名前?」
「俺がまおちゃんって呼ぶの録音されていい?」
「えっと……ただのインタビュー……なんすよね? だったら別に」

 石倉が小馬鹿にしたように笑った。

「まさかさ、この状況で、君の身の上話聞くだけとか思ってないよね? そこまでカマトトぶるのも可愛いけど、だったらノコノコついてこないよね、実際」

 真桜は図星ゆえに唇を真一文字に結んだ。
 うまい話には裏があるのは分かっている。  
 それでも時給二万は捨てがたいから、石倉に従ってここにいるのだ。

(往生際悪いぞ! 覚悟決めろ!)

「……分かりました。じゃあ、タロウでお願いします」

 石倉がぷっと吹いた。

「ちょっと笑かさないでよ」
「そんなつもりないですけど」

 真桜のネーミングセンスが石倉に受けていたが、真桜は至って真剣だったから、ムッとした。どちらにしても自分の名前を馴れ馴れしくこの男にこれ以上口にされるのはいやだった。

「じゃあ、さっそく始めようか」

 石倉の手が手首から離れて、真桜はほっとした。
 意外と強く握られていたのか、手首が赤くなっている。
 すぐに石倉は真桜の右隣に戻ってきた。

「タロウくん」
「……はい」

 三脚で固定されたカメラが自分に向かっている。
 偽名で呼ばれたということは、既に撮影は始まっているのだ。
 この後の展開が読めそうで読めない真桜は、とてつもなく緊張して面持ちだったのだろう。
 それを石倉がからかった。

「そんな怖い顔しないでよ。虐めてるみたいでぞくぞくしちゃうじゃない」
「はは……」

 反応の仕方が分からなくて、愛想笑いが浮かべることしかできない。

「とりあえず、俺の聞くことに答えてくれる? あ、本当のこと言う必要、全然ないから。名前同様、フィクションでかまわないよ」
「あ、はい……」
 
 石倉との一問一答のやり取りを、全部嘘で回答しているうちに、架空の自分が出来上がっていく。
 年を一つ上にサバを読んだ十八歳、高校三年生で、一学年下のカノジョがいる、タロウくん。
 一番困ったのが、日常生活に関する質問だった。
 普段何して遊んでるのと聞かれても、毎日家事と仕事に追われている真桜には皆目見当もつかない。
 素行の悪い三男の泰青が、夜遅くまで出歩いているのを思い出し「夜、ぶらぶらしたりとか」と答えるのが精一杯だった。
 
 ここでいったん石倉が撮影を止め、今までの内容を見直していた。

「うんうん。よく撮れてる。ほんと君可愛いよね。君見つけたのは掘り出し物だったよ。じゃあ、そろそろ上を脱いでみてくれる?」

 何でもないことのようにさらりと提案され、「えっ!」と真桜は固まった。

「どうしたの?」
「脱ぐって、どうして?」
「えっ、男同士だよ? 恥ずかしくないでしょ」
「ないですけど、意味が分からないから」
「だってただ話聞いてても面白くないし」
「俺、すげえ身体貧弱なんすよ。それこそ見てもちっとも面白くないっていうか」 
「あのさ、撮影内容は君が決めることじゃないから」

 石倉はアメとムチを上手に繰り出す。
 優しく接したかと思うと、次の瞬間冷たく突き放す。
 それを繰り返されるうちに、マインドコントロールされて、逆らえなくなっていることに、真桜は気づいていない。

「そりゃそうだけど……」
「男の子なら四の五の言わないでさっさと脱ぐ! でもどうしても嫌ならプラス二万円するよ? 計四万。悪くない話でしょ?」

 真桜の口があんぐり開いたまま塞がらなかった。
 時給四万など、真桜には天と地がひっくり返ってもありえない金額だ。
 それにもたもたしていると一時間なんてあっという間に過ぎてしまう。
 夕方には百日を保育園にお迎えに行かなければならないのだ。

(あーくそ、俺の裸なんて見てほんと誰得って感じだけど、もうどうとでもなれだ!)

「分かりました。脱ぎます」
「お、潔いね。そうこうなくっちゃ!」

 半ば自棄ぎみの真桜は、躊躇なくTシャツを脱ぎ捨てた。




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Posted by麻斗結椛