Dear my devil 第1話(07)

麻斗結椛

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「え、ちょっと、まさか……」

 石倉は慌てふためき、部屋を飛び出していった。
 訳が分からず残された真桜は、抜け殻のように呆然とベッドに横たわっていた。

(宅配便かな……でも命拾いした……ほんの少しだけどさ……)

 石倉が戻れば行為は再開される。
 覚悟を決めたつもりでも、やはり逃げたい気持ちは変わらなくて。
 一方で我慢すれば大金がもらえるのだと、何度も自分を叱咤するのだけれども。

(殺されるわけじゃない……男だから妊娠の心配もないんだし……それにしても遅いな……百日のお迎えに間に合わないじゃん……)

 時間の感覚がない。
 たった数分が数十分に感じられる。

「ふざけんなよ、おらあ!」

 ふと聞こえた罵声に意識が現実に引き戻される。
 石倉のそれじゃない。

(宅配便の人が怒鳴ってるのか……?)

 やかましい足音が聞こえたのと同時に、寝室のドアがいきなり開いた。
 泣きぬれた真桜の瞳に映ったのは、趣味の悪い柄シャツにジーンズの、金髪のチンピラだった。 
 そのチンピラと目が合う。
 真桜の目が驚きで点になる一方で、相手は朗らかに笑った。

「石倉ー、おまえさー、こんな上玉持ってんの、隠してんじゃねえよ」

(上玉って、俺のこと……?)

「そ、そうなんですよ。この子の作品で稼いだ金でお宅に金を返そうかと思って……」
「それってさあ、いつ売上回収されんの? 明日? 明後日?」
「そ、そんな急には……少なくても一ヶ月は……」

 眼前で繰り広げられるのはやり取りを聞いて、真桜は(借金の取り立て……)と愕然とした。

「一月ものんびり待ってられるほど、こっちはヒマじゃねえんだよ!」
「わ、分かってます……すみません……あ、明日には必ず……」

 どうみても年下のチンピラに、石倉は恥も外聞もなく、何度も頭を下げていた。

(俺の十一万……まだ指入れられてないから八万か。どっちにしてもこの人、借金あるんだったらバイト代なんてもともと出せないじゃん。俺、騙されたんだ……)

「おまえさあ、このガキ、ヤった後、売るつもりだったんだろ?」
「……」

 チンピラの言葉に真桜は耳を疑う。

(売るって……俺を? 俺がこの男の借金のカタに売られるってこと……?) 

 真桜は石倉の借金には無関係だ。
 だが下着一枚でチンピラに乗り込まれた異常事態に、脳が正常動作するはずもなく。
 真桜は売られてしまうのだ。
 身体を暴かれる以上に怖くて、たまらず嗚咽がこぼれる。

(これは罰なんだ……)
 
 楽して儲けようなんて考えるから、バチがあたったのだ。
 地道に真面目に働けばよかったのに……。
 百日がお迎え、待ってるのに……。

「リュウ。遊んでないでさっさと回収しろ」

 誰かの声がチンピラを諌めた。
 もう一人訪問者がいるとは思ってもみなかった。
 姿は見えない。部屋には入らずリビングにいるようだ。
 感情のかけらもない、冷酷で、低い声音。

(この人、やばい人種だ……)

 真桜は本能で恐怖を感じ取った。
 声で分かる。チンピラとは格が違う。
 だがチンピラはこのすさまじい威圧感に慣れているのか、あっけらかんとした様子だ。

「さーせん。社長。つうかこのガキ、その手の店に高く売れそうじゃないすか? 俺の知り合いの店に売り飛ばして、がっつりマージンもらいましょうよ」
「あ、あの、それでうちの借金から相殺」
「するか、ボケ! てめえのはてめえでさっさと払えや」

 リュウと呼ばれたチンピラは、勘弁してくださいと気の毒なほど平謝りする石倉をリビングに連れ去った。
 途端に寝室はしんと静まり返る。
 真桜は途中から恐怖のあまりずっとベッドに顔を埋めていた。
 
「……おまえ」
「!」

 びくんと身体が恐怖に震える。
 とうとう社長と呼ばれた男の矛先が真桜に向けられてしまったのだ。

「顔を見せろ」
 
 短い命令。逆えるはずがない。真桜は男の声に素直に従って、おそるおそる顔を上げた。
 男の足元が見える。
 目を合わせる度胸はなくて、視線を落としたままでいると。

「よく見えねえ」 
「……ご、ごめんなさい……」

 勇気を振り絞って、顔を上げた。

(あ……)

 思わず真桜は息を飲んだのは、ドア付近に立っているのが、長身の、驚くほど端正な容貌の男性だったからだ。
 撫で付けた茶色の髪、鋭い眼差し、酷薄そうな薄い唇。
 肌は男にしては色白で、夏だというのに黒いスーツをストイックに着こなした様子は、まるで。

(悪魔みたい……すっげえかっこいい人だけど……やっぱ怖い……)

 恐怖におののく真桜は、男の容姿を分析する余裕はあっても、相手が自分をこわばった表情で凝視していることには全く気づいていない。



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Posted by麻斗結椛