Dear my devil 第2話(07)

麻斗結椛

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「あ、あの……」
「もう、いいのか」
「は、はい……遅くなってすみません」
「別にかまわない」

 やはり待っていてくれたらしい。
 それならば礼を言わなくてはならないのだが、驚くことばかりで、言葉がうまく出てこない。
 真桜があわあわまごついている間に、男はポケットからあるものを取り出した。
 それは携帯灰皿で、男はおもむろに吸い殻をねじ込んだのだ。
 意外すぎるマナーの良さに、思わず男の手元を凝視していると。

「おじちゃん、だあれ? まおちゃんのおともだち?」

 うっかり存在を忘れていた百日の爆弾発言が、真桜を現実に引き戻した。

「も、もも! お、おまえ、お、おじ……って、失礼だろ!」

 男は落ち着いた雰囲気だが、おそらく二十代だ。
 とはいえ幼児視点だと、すでにおじさんの範疇なのも分かる。
 真桜は女顔が功を奏してか、まだその呼び名で呼ばれたことはないが、たまに迎えにいく雄星はまだ十五歳なのに大人っぽい顔立ちのせいで子どもらにおじさん呼ばわりされて、けっこう本気で傷ついていたりするのだ。
 眼の前の男は絶対子ども好きじゃない。そう断言できる。
 だから百日の無礼に立腹しても文句は言えない。
 だが真桜の予想に反して、男は百日の不躾な質問を見事にスルーして、興味なさそげに百日を見下ろして「似てないな」と無関係な一言をひとりごちた。
 真桜はぐっと答えに詰まる。
 複雑な家庭環境は簡単には説明できない。だから「俺たち、父親が違うんです」とだけ答えたのだが、男は別に質問したつもりはなかったらしく無反応だったけれど、なんとなくだが真桜への気遣いのように思えた。

「ねえ、おじちゃん、まおちゃんのおともだちなの?」

 もともと物怖じしない百日は、負けじと同じ質問をぶつける。

「まお……、おまえの名前か」

 男が真桜の名前を呟いた。
 真桜は男の名前を知らないし、相手も然りだ。
 素性を知らない者同士で、保育園の駐車場にいるのだと、この時初めて気がついた。

「は、はい……俺、篠谷真桜っていう名前でして……」
「あのね、ももはね、しのたにももかだよ!」

 あ、っと思った時には遅かった。
 百日のもみじのような手が、真桜の手からするりと離れ、たたっと走ったかと思うと、男の足元にしがみついてしまったのだ。
 真桜の胃が恐怖できゅうっと縮み上がる。

「おじちゃん、せえ、たかいね。ゆうせい兄ちゃんより大きい。ねえ、おじちゃん、たかいたかいしてー」

 百日は人懐こいが、誰彼構わず懐く性格ではない。
 なのになんでよりによって、初対面の、このどう見ても無愛想な男に懐くのか。
 子ども好きな雰囲気など皆無で、「ガキ? うぜえ」って思っているに違いないのに。
 今回ばかりは相手を選んでほしかったなど、三歳児に分かるはずもなくて、せめて男の堪忍袋が切れる前にと「百日、迷惑だろ」と引き剥がそうとしたら。

 男が百日をくるりと反対向きにしたかと思うと、すっと抱き上げ、軽々と肩車したのだ。

「わあー、たかーい」

 きゃっきゃっと声を上げて喜ぶ百日と、黒スーツを着た無表情の美形。
 異質な組み合わせに、真桜だけでなく、周囲の父兄らもあっけにとられて眺めている。
 真桜はさあっと青ざめ、「あ……あの、す、すみません……妹がとんだご無礼を……」というのが精一杯だ。

「別にいい。おい、百日。もうおしまいだ。下ろすぞ」 
「えー、もう。もっとしてよう。おじちゃん」

(ももかって……名前、呼び捨て……)

 まさか名前を覚えてくれるなんて思わなかった。
 そして思いの外優しい口調に、真桜は再び驚きを隠せない。
 男は百日の可愛い媚態に一切惑わされることなく、無情にもさっさと下ろしてしまうのだが、その動作は決して乱暴ではなかった。

「篠谷」

 だが真桜に向けられる視線と声音はぴりっと厳しく、条件反射で背筋をぴんっと伸ばす。

「は、はい!」
「百日と後ろに座れ。家まで送ってやる」
「あ、いえ、そこまでしてもらわなくても」
「……仕事の話がまだ済んでいないだろうが」

 そうだった。
 このまま別れては、男の名前も会社名も分からないまま、二度と会えないのだ。
 騙されやすいだのなんだの散々貶されたが、せっかく雇ってくれるとの申し出を真桜は蹴るつもりはなかった。
 男は真桜の答えを待たずに運転席に乗り込んでしまったので、真桜は慌てて後部座席に百日を先に載せ、自分も乗り込んだ。



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Posted by麻斗結椛